26 エピローグ

 兄のアルバイトは順調だ。

 最初は週に二日からで、注文を取り会計をすることから始めたようだった。少しずつ調理も任せてもらえるようになり、原田さんにも褒められているのだとか。

 そして、桜が開花した。


「おう、嵐士ぃ! 静紀ぃ! こっちやこっち!」


 先に場所を取ってくれていた和哉さんと直己さん。かなり早い時間に来てくれたのだろう。大きな公園の中でも、木陰になったとてもいい場所だった。俺は大きな包みをレジャーシートにおろした。中身は四人分のお弁当だ。兄が歓声をあげた。


「綺麗だねぇ! 満開だぁ!」


 俺は伸びた枝にスマホのカメラを近付けた。薄いピンクの花びらが微笑んでいるように見えた。兄は包みを広げて中を取り出した。和哉さんがそれを見て言った。


「なんだ? 弁当なのにナポリタンか?」

「そう! 冷めちゃってるけどさ、それでも美味しいよ!」


 兄はすっかり母の味をマスターしていた。ナポリタンだけではない。他の料理も原田さんから教わっており、味噌汁も再現に成功した。

 ビールの缶をぶつけて乾杯。ほんのりと暖かな風が吹く、心地の良い雰囲気だ。


「ほんまや。美味いやん、これ」


 直己さんは早速ナポリタンに箸をつけてくれた。他にもおにぎりやハンバーグ、卵焼きなどがずらり。俺も手伝って、朝から頑張ったのだ。

 母の事故以来、いや、もっと前からか。花見なんてしていなかった。去年の今頃は、こんな四人で桜の木の下にいるだなんて考えもしなかった。この一年で色んな事が起こったが、自分の変化はすっかり受け入れていた。今の俺は……悪くない。

 兄は弁当屋での出来事を話した。あそこではすっかり「ロン毛のお兄ちゃん」として親しまれているようで、子供にも顔を覚えられているのだとか。酔っぱらってきたのだろう、和哉さんが直己さんに絡みだした。


「最近部屋呼んでくれないよねぇ……」

「そんな暇ないねん。今日かて無理してスケジュール空けてんで?」

「もうさ、一緒に住もうよ、部屋広いんだから」

「まあ、せやな……」


 和哉さんは直己さんにしなだれかかった。直己さんは鬱陶しそうな顔をしたものの、振り払うことはしなかった。兄は飲むより食べる方を優先させたようで、もぐもぐとおにぎりを頬張っていた。デレデレとした表情のまま、和哉さんが言ってきた。


「いいな、二人は。兄弟の縁は絶対に切れないだろ」


 俺と兄は顔を見合わせた。兄はおにぎりを飲み込んだ後こう言った。


「うん……だからこそ、ちゃんと言葉で伝えておきたいなぁ。好きだよ、静紀」

「あーちゃん、みんなの前だよ?」

「えー、いいじゃない別に。静紀は僕のこと好き?」

「うん……好き」

「えへへ」


 そんなバカみたいな会話をして、散々飲んで騒いで解散して、マンションまでの帰り道。夕焼けを背に兄と歩いていた。兄はそこまで酔っていないようで、しっかりとした足取りだった。ふいに、兄が言った。


「今日は楽しかったねぇ……この一日を閉じ込めておきたいくらい」

「もう、あーちゃんったら。これからも、いっぱい楽しいことできるよ。っていうか、しよう。二人で探していこう」

「うん、そうだね」


 どちらからともなく、手を繋いだ。俺さえ手放さなければ、この温もりは永遠だ。そう思える春の日だった。




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あーちゃんは働かない 惣山沙樹 @saki-souyama

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