死亡フラグか恋愛フラグか判別がつかない系お嬢様〜めっちゃ死にかける恋愛脳お嬢様と執事の苦難〜

湖町はの

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 私、成瀬なるせが仕える久遠寺くおんじ瑠璃香るりか様はそれはそれはそれはお美しいご令嬢です。


 金色の髪と、緑色の瞳。すらりと長い手足と、それらをより引き立てる洗練された身のこなし。

 西洋の血を受け継ぐ日本人離れした彼女の麗容は人目を引き、誘蛾灯のように誰も彼もを惹きつけるのでございます。


 

 

「成瀬、わたくし……決めましたわ」


 そんなお嬢様が白い頬を薔薇色に染めて、私に緊張した面持ちで告げてくる。

 

「……何をでしょう?」


 私もまた、心拍数を上げながら彼女の次の言葉を待った。


 

「わたくし――その方と結婚いたします!」


 その方、とお嬢様が手で指し示したのは――私が今、首根っこを全力で締め上げている、目出し帽を被った男です。


「……念の為、理由をお聞きしても?」


 意識を失った男の腕を後ろ手に縛り上げながら問いかけますと、お嬢様はそれはもういい笑顔で語り始めました。

 

「だって成瀬……その方は、屋敷の厳しいセキュリティをかいくぐってまでこんな夜更けにわたくしに逢いに来てくださったのですよ!? さしずめロミオとジュリエット……わたくしとそのお方は運命で結ばれているのです――“恋愛ふらぐ“がビンビンですわ!!!」


 いや、こいつはどうみても貴女を狙った暗殺者か泥棒です。大体ロミオとジュリエットは結ばれませんよ、と怒鳴りたくなるのを堪えて。

 

 私は幾度となく彼女に言い含めてきた言葉を口にした。



「お嬢様。これは恋愛フラグではなく死亡フラグでございます」




 ☆




「成瀬、決めましたわ」


 おっとデジャビュ。

 

 朝食の席で、お嬢様は決心に満ちた表情で私を見上げます。

 

 昨晩の賊とお付き合いをすっ飛ばして結婚すると宣った彼女を宥めるのにこちらは寝不足なのでこれ以上妙なことを言い出すのはやめてほしいのですが……。


 

「わたくし、“聖ルーナ・エトワール学園“に入学いたします」


「やめましょう」


「何故ですの!!!」


 間髪入れずに否定すれば、お嬢様は淑女らしからぬ大声を上げた。私と数人のメイドしかいないから良いですが、人前ではいけませんよ、お嬢様。


「何故って……」


 そのような――恋愛シミュレーションゲームみたいな名前の学校に通ったら、絶対、間違いなく!!

 

 お嬢様は“悪役令嬢“ポジションに仕立てあげられて今以上に死亡フラグが乱立することが目に見えているからです。


 

 お嬢様は誘蛾灯。

 言葉通り、誘われるのは“害虫“ばかりなのです。


 立てばスズランスナイパーの的座ればイヌサフランお茶会での毒物混入

 歩く姿はトリカブト出歩けば誘拐――と、まあそんな感じで四六時中その身には“死亡フラグ“が降りかかります。



 しかし当のお嬢様はご自身が歩く死亡フラグホイホイである自覚がなく、暗殺者のことを求婚者だと思い込んでしまうような、究極の恋愛脳なのでございます。



「とにかくいけません。それに、お嬢様。貴女が通われているのは幼小中高一貫校エスカレーター式です。わざわざ転学する意味がわかりません」


 そう。お嬢様はずっと私立の名門女子校に通っておられます。

 この春休みが明ければ、晴れて高等部へ進むことも決まっているのです。

 

 それをわざわざ、よくわかんねぇ名前の……パッとスマホで調べたところ、偏差値もそう高くない無駄に学費だけが高い高校に通う意味とは??


 そんな疑問符だらけの私に向かって、お嬢様は微笑みかけました。


「意味ならありますわ。いいこと、よくお聞きなさい成瀬。――聖ルーナ・エトワールの建学理念は、“愛“です」


「愛」


「ええそうです。わたくし、なにも今の学校に不満があるわけではありませんわ。ただ……足りないのですわ、愛が」


「愛が」


「そうですわ。女子校でもラブロマンスが生まれることは……わたくしにもそうなりかけた時はありました。けれどわたくしは矢張り、殿方と愛を育みたいのです」


 適当に相槌を打ちながらルーナ・エトワールのホームページを眺める。

 確かに建学理念は愛。そして共学だ。


 

「……お嬢様。ちなみにお聞きしたいのですが、今通われている学校でお嬢様にラブロマンスなんぞございましたか」


 私は自らもまた学生でありながら、合間を縫って影でお嬢様の学校生活を見守っていました。ですが思い返してもそのような光景を見た覚えがありません。


「あら、たくさんありましてよ。まずはそうですわね……ほら、わたくしの下駄箱にはいつもお手紙がたくさん入っていたでしょう? よく書かれていたのは『お前を殺す』――つまり殺したいほど愛してるよ、という意味ですわ」


 違います。ストレートに殺害予告ですね。


「中には『貴方を最高の宴にご招待しましょう。黒薔薇が咲く頃にお迎えにあがります』なんてものもあって……お名前がなかったし、黒薔薇が咲く頃っていつですの? なんて思ってる間に時が過ぎてしまいましたが……熱烈なお方でしたわね」


 お嬢様、それはデスゲームへのお誘いでしたよ。主催者は……はい。私がなんやかんやしときましたけど。


「でもお手紙はいつも無記名ですし……仲良くなった方は、『こんな風に色々話したのは貴女が初めてよ』とか言った次の日にいなくなってしまわれて」


 ……はい。


「『貴女は私のことを深く知りすぎた』と最後に会ったとき仰っていましたが……いまどうされてるんでしょうね」



 はい。この話はやめにしましょう。


「健やかにお過ごしになられてると思いますよ。で、とにかくお嬢様は殿方とラブロマンスを繰り広げたいと」


「そうです。そのためにわたくしは聖ルーナ・エトワールに入学しますわ。いいですわね成瀬、これは決定です!」


 お嬢様はそう宣言されると、優雅に紅茶を口に運びます。


 

 …………どうしてくれようか。

 

 間違った。どうしましょうかねぇ。

 こうなるとお嬢様は手強い。ここで説得してどうにか止めさせても、一ヶ月後――春休み明けには再び同じことを言い出しかねないのは経験上わかっています。



 仕方ない。

 ふう、とため息とついてお嬢様に告げる。


「お嬢様、それでは入学までの一ヶ月間……私と特訓をいたしましょう」




 ☆



 

「――季節外れの庶民転校生」


「お友だちになりたいですわね。放課後に買い食いなるものをしてみたいです」


「毒殺されます。次――謎の花束」


「シャイな方からのアプローチですわ!」


「花は基本的に全て闇のゲームへのお誘いだと思ってください。次――急いで角を曲がる人影」


「落とし物をされるかもしれませんから追いかけませんと。ハンカチなんかが矢張り出会いの定番かしら」


「何かしらの目撃者になって消されます。次――何かが破れる音と悲鳴」


「事件ですわね、様子を見にいかなければ」


「合ってますが貴女は行かなくていいです。濡れ衣を着せられます。……お嬢様、やっぱり無理です。無礼を承知で申し上げますが、貴女には才能がない」



 何の才能か、そもそもこれは何をしているのかと尋ねられれば答えは明白。


 “死亡フラグ“と“恋愛フラグ“を見分ける訓練です。


 そしてお嬢様は訓練でも、いっっさい、判別ができておりません。正答率驚異のゼロパーセント!



「お嬢様。この成瀬、お嬢様の身を案じているのです。どうかわかってくださいませんか」


「……成瀬。貴方の気持ちは嬉しいですわ。でもわたくしには……成さねばならぬことがあるのです」


「お嬢様、その台詞も死亡フラグです」




 ☆ ☆ ☆




 そうして特訓の成果は出ないまま、聖ルーナ・エトワール学園への入学の日がやって参りました。



「あら成瀬。似合うじゃない」


「目が腐っておいでですか」


 どこの中世貴族だと突っ込みたくなるようなフリフリのネクタイ――ジャボ?――を首につけた私を見て、お揃いの制服を身に纏ったお嬢様が笑う。


 そう、お揃いです。


 苦肉の策として、私も同じ学園に入学することにしたのです。


 

「いいですか、お嬢様。学校では私とお嬢様は他人です」


 自分で言うのもなんですが、十六歳の高校生でありながら執事でしかもサラサラ黒髪の爽やかボイスイケメンときたら――それはもう、ゲームだったら確実に攻略キャラだ。


 そして、その隣に美しいお嬢様がいれば……はい。“悪役令嬢“とそれに献身的に仕えて最後は裏切られる“幸薄執事“の完成です。


 大柄で脳筋の大男の傍らに頭脳派眼鏡がいるぐらいの様式美!!



「わかってますわよ。わたくしは平凡な少女。成瀬もモブとして過ごす」


「ええ。それが私たちの目標です」


 二人で目を合わせて頷く。


 

「「死亡フラグをへし折るぞ!!」」



 えいえいおーと拳を掲げて、私たちはお屋敷を出ました。



 ――しかし、このとき私は重大なミスを犯していたのです。


 

 そう…………二人で同じ車に乗ったら意味がありません。




 ☆




「……速攻でバレましたわね」


「バレましたね」


 

 校門の前。

 車から降りていつものようにお嬢様へ手を差し出した私の姿に、周りの新入生たちはざわめきました。


 ――執事だ。

 ――お嬢様だ。

 ――縦ロールだ……!!



「……お嬢様、だから縦ロールはやめましょうとあれほど申し上げましたのに……っ!」


「折角の“高校でびゅー“ですのよ?! 髪の一つや二つ巻かずにどうしますの??!!」


 せめてサラサラストレートであれば……いや、無理か。


「残念ながらお嬢様……令嬢ポジは確定です。ここからは――“主人公に助言を与える心優しきご令嬢“を目指しましょう」


「なんですの? それは」


「悪役令嬢の対義語みたいなもんです。これになれれば……まあ、死亡フラグは立ちますが実際に怪我をしたりとかは……まあ……」


 いや、結構ある気がするな。

 ヒロインがピンチのときに一緒に閉じ込められがち……!!




 ☆ ☆ ☆




 そんなセンセーショナルな高校デビューを果たした私とお嬢様ですが、学園生活はおおむね平穏です。


 案の定お嬢様が殺人事件に巻き込まれたりはしましたが……私が同じ学校にいる分、前より死にかけることは少なくなったぐらいです。


 あれ? もしかして聖ルーナ・エトワール……案外悪くないのでは??



 

「お花だけで宜しいのに……花瓶ごとだなんて、愛の重いお方ですわね」


「そうですね」


 割れた花瓶を眺めながら、お嬢様と二人。裏庭のベンチで優雅なランチタイムです。


 頭上からお嬢様の脳天に一直線に落ちてきた花瓶をチョップして弾き飛ばしたせいで泥のついた手をパンパンと叩きながら、尋ねた。

 

「で、どうですかお嬢様。そろそろ前世の記憶とかよみがえりました?」


 本当は入学式の瞬間とかに「あれ、わたしこの学校のこと知ってる。って……なんでわたしが悪役令嬢に〜〜!!??」ってなってくれるのが一番手っ取り早かったんですが……。


 入学から三ヶ月経ったのに、お嬢様はまだ前世の記憶を取り戻していないようです。(いや、ヒロイン以外には自分がキャラクターである自覚がないパターンもあるから油断はできません。)

 

 そして“ヒロイン“もまだ姿を見せない。

 他の人間と親交を深めているならそれで構わないが、動向は把握しておかないといけませんからね。


 

「……あのね、成瀬。空想に耽るのは構いませんが……いつまでも存在しない“ヒロイン“のことを考えるのはもうよしなさい」


 お嬢様の指が私の口元を撫でます。


 私は鳥の声を聞きくことでしばらく脳みそを休めて……鈍重に口を開きました。


 

「…………なんで私は当たり前みたいに“ヒロイン“が出てくるものだと思っていたんでしょう」


 どうやら私も、お嬢様のことを馬鹿にできないほどの重度の恋愛脳になっていたようです。


 お嬢様に降りかかるお約束死亡フラグを勉強するために恋愛小説を読み漁ったせいに違いない……。



「お嬢様も!!! 気がついていたらなら早くおっしゃってくださいよ!!!!」


「だって成瀬が楽しそうだし、一緒の学校に通えるならいいかなって……」


 かな、じゃありません。



「で、成瀬。“悪役令嬢転生フラグ“は折れたことですし、わたくしと別のフラグを立てませんこと?」


「下ネタですか?」


「違いますわよ」


 お嬢様は咳払いをすると、立ち上がり。


 

「単刀直入に申し上げますわ――成瀬。わたくしとお付き合いしてくださいませ」


 長いスカートを風にはためかせながら私に手を差し出しました。


「実は……わたくし、子どもの頃からずっと貴方のことが好きでしたのよ。貴方は執事でわたくしは久遠寺の後継者。……でも、やっぱり諦めきれませんわ! 身分差もありますが、わたくしと貴方なら乗り越えていけるって信じてますの」


 初耳です。

 美しく愛らしいお嬢様に好かれているのはやぶさかではありませんが……。


 身分差恋愛って、ね。逃避行とか……死亡フラグの宝庫なんでできれば避けたいところです。


「もうすぐ外国からお父様がわたくしの幼少期の幼馴染と一緒に帰ってくるそうですし、お母様は万能の花の栽培に成功したとお手紙をくださいましたし、手紙に書かれていたその花の特徴と今落ちてきた花瓶の中に咲いているお花の特徴が一致しますが――それでも、大丈夫ですわ! わたくしと恋愛フラグを立てましょう!」


「…………お嬢様」


「貴方を一人で遺していったりはしませんわ。最期まで一緒です」



 お嬢様の優雅な微笑みに、野暮だろうと思いつつも言わずにはいられない。


 

「お嬢様、それ全部死亡フラグでございます」

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