第3話 町に着いても見えない

 シュランの町はにぎわっていた。


「あれ?おかしいな。にぎわってる」

「何がおかしいんだ。失礼だな。シュランといえば王都に次ぐ大都市だぞ」


 タリシュカが唇を尖らせる。故郷を馬鹿にされた騎士としては、とても柔らかい不満の表明だ。彼女は育ちが良かった。

 ブライの記憶でも、シュランは大きな町だった。過去形だ。

 恩寵が消え、異形が跋扈ばっこする”外縁”では、人が多い場所ほど壊滅的な被害を受けた。ゲームでのシュランは完全な廃墟である。まともな人間は数人程度。触手のような”混ざりもの”の巣になっていた。


 時間がかなり離れているらしい。過去か未来かは分からないが。そう結論付けたブライは、とりあえずタリシュカに水を向けてみる。


「何か勘違いしてたみたいっすね。ほら見えないし。昔はもっとさびれてたような気がしたんですが」

「突っ込みにくいことを言うな。昔っていつの話だ。シュランは古くから大都会だぞ」

「えーと、今大戦から何年目でしたっけ」

「ん、ちょうど15年だな。……お前何歳だ?」


 ”外縁”が割れた継承戦争が終わったのはタリシュカが物心つかぬ頃だが、ブライが彼女より年上には見えない。


「何歳になるんですかね。見えないから分からないですねははは」

「都合よく使うな自分の傷を」


 盲目というのは大きな障害であるから、誤魔化し能力も高い。大抵の不都合は流せる。

 タリシュカはため息をつきつつ、正直に答えた。

 

「18だ。もうすぐ結婚だよ」

「へえ」


 いきなり結婚なる単語が出てきて驚くブライ。しかしタリシュカにはその驚きを別の意味にとったようだった。


「遅いだろう?正直、騎士の務めや冒険が楽しくてな。ずるずる引き伸ばしてしまった。さすがに18にもなって未婚では周りに示しがつかないからな。許嫁殿とようやく婚姻というわけだ」


 声色は変わらないし、表情はそもそも見えない。それでもなんとなく複雑なものを感じる程度には、ブライにも社会性があった。

 もっともタリシュカは表向きは明朗快活そのものだ。はた迷惑ですらある。


「それでせっかくの祝宴だから、なにか面白い出し物でも用意しようかと思っていたんだが、ちょうどいいのが見つかった」

「さりげなく俺の人権否定してません?」

「ジンケン?何の芸だ?」

「とんだ前近代に来たもんだ……あいて」


 屋台から伸びたなんかの棒が、ブライの額に当たる。そのままよろけると、今度は建物にぶつかった。通行人はかろうじて避けるが、人波にどんどん流されていく。


「わー」

「何をやっているんだお前」


 タリシュカが呆れながらもブライを助け出す。こういう時、馬は人よけにもなって便利だ。


「急にどんくさくなったのか?ふざけている場合じゃないぞ」

「まさか。街並みが変わってるんですよ。どう動きゃあいいのか分からないんです」


 タリシュカは変な表情をした。まるで目が見えないような物言いだった。目が見えないのだが。

 少なくとも出会ってからそんな様子は無かったが、確かにこの少年は盲目なのだ。


「申し訳ないんですが、さっき通った南門から北210m、東330mの地点にある一里塚マイルストーンまで連れて行ってくれませんか?脳内地図を修正しないと……」

「やっぱりおかしいぞお前」


 座標で道案内されたのは、タリシュカにとって初めての経験だった。


「そりゃー頭おかしくもなりますよ。文字通り隅から隅まで探索して必死に覚えた地形が全部パア。ちくしょおお……なぜ俺がこんな目に」


 愚痴りながらも海流に流されるヤシの実のように、人波の圧力に押されていくブライ。


「あーれー」


「あー、分かったから。街中ならどこにでも案内してやる。ほら、トロイにくっつけ」


 トロイは馬の名である。軍馬の中でも立派な体格で、近くにいるだけでも筋肉の動きが感じ取れるほどだ。


「おお、ありがたいです」

「それと……。おい、店主、それをもらうぞ。赤いやつだ」


 タリシュカは何かを買い求め、器用に馬上から品物を受け取った。ブライには見えなかったが、目の前に布らしきものがかかる。


「これは?」

「布巾だ。赤くて目立つ。盲目だという印が無ければ、何かと不便だろう。それで目を隠しておけ」

「おお、ありがとうございます」


 ブライは嬉々として目隠しを巻く。確かに周りに情報を共有するのは大事だし、何よりかっこいい。見えないので想像するしかないが、某漫画や某漫画が思い浮かぶ。


「どうですか?ちゃんと隠れてますかね」

「ああ、いいんじゃないか?」


 黒髪に赤はよく目立つ。これならば周りも気を使うだろう。悪い考えをもつ者もいるだろうが、それはこのブライにとって心配すべきことではない。タリシュカは安心して馬を進ませる。

 結局、割と人のいいタリシュカに張り付いて、ブライは町中のマイルストーンを巡ったのだった。

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ゲーム世界に盲目で転生してしまったが目隠しRTA走者なのでギリギリ大丈夫 @aiba_todome

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