第2話 見えないのでついていく
「いやほんと助かりました!こんなところに騎士様がいるなんてねー。九死に一生ですよほんと」
ものすごい調子のいいことを聞かされている。そういう自覚がタリシュカにはあった。タリシュカは確かに騎士であるし、城に戻れば姫様と呼ばれるような地位にあるものの、初対面でこんなにゴマをすられていい気になるような空っぽではない。
それでも無下にできないのは、横でへこへこしているいる男、少年と呼べるような年頃の旅人を、盗賊と間違えて射殺しかけたからである。
ブライと名乗ったこの少年は、顔や格好から見て東方の人間らしかった。輪の国と呼ばれる地方について詳しくはないが、卑しからざる気品というのは見てとれる。
ブライという少年からは、妙な楽観と余裕が感じられた。それは善性であり、恵まれた者の適当さでもある。まず、こすっからい犯罪者ではありえない。
タリシュカは控えめに言っても美人である。薄紅色の髪、緑の目はアメリトスの血族に連なる者の色。18の身空で結婚間近だ。大抵の男はぶしつけに眺めるだけの容姿だ。
その彼女を前にしてもまるで視線を感じさせない。身に着けた高価な装飾品や鎧を狙うわけでもない。かなりの箱入りか、修道士でもやっているのか。いずれにせよ悪い人間ではなさそうだし、それを盗賊と一緒だからとまとめて葬りかけたのには心が痛む。
いくらなんでも腰が低すぎではあったが。
「騎士様はどこからお越しで?俺はちょっと迷ってしまって」
「この街道でか?草原に道一本あるだけなのに?」
「あ、なんとなく分かりました。シュランの近く……。
急に情報を更新し始める少年。しかも合っている。タリシュカはシュランの貴族であり、盗賊の討伐を終えて帰るところだった。本当はずらりと郎党に囲まれているのだが、ちょうど帰り道のほうへ残党が逃げていくからと、ちょうどいいとばかりに追ってきたのだ。護衛は置いてである。多量の神性を宿し、駿馬を駆る彼女に追いつくのは不可能であった。
それにしても、ぶつぶつ言っている少年は方向音痴とは思えない。このあたりの地理をことごとく頭に入れているかのようだ。これで迷うのなら世の人間はお使い一つできないことになる。
「本当に迷っていたのか?目が見えないわけじゃないだろう?」
「いえ、見えませんよ?それで困っていたんです」
ありえない仮定に、ブライはあっさり頷いた。
「はあ?何を言って……」
呆れようとして、ふと思うところがあったタリシュカは、ブライに顔を近づける。馬上を見上げるブライの額に口がくっつきそうになるが、彼は不思議そうにするだけだ。
「どうかしましたか?」
タリシュカを前にしてもまるで視線を感じさせない。まるで見ていない。
それは品性や育ちで説明できることではなかった。
思えばむしろ、貴公子であるほどタリシュカの美貌に目を奪われていたものだ。その後はとりつくろうが、高貴な姫君こそ彼らの恋愛対象なのだから、見たくなるのは当然である。
ブライは初めからタリシュカを見なかった。反応というものがない。タリシュカにはまだ実感が薄いが、男というのが性欲を消すのは並大抵の修行ではきかぬのだ。これはまともではない。
「しかしそれでは……」
思わず心中が口からこぼれる。
(こいつ、目が見えないのにあれを打ち落としたのか?)
タリシュカは女とはいえ神性にふさわしい腕力を持っている。その弓は大鴉でも一撃で落とせるほどだ。よけるならともかく、打ち落とせるとなると城内でも5人といない。
まして目をつぶってなど、試そうと思うものさえいなかった。というより、そんな無謀は発想すらできない。しかも野外。戦技を使った一撃を。
「お前人間か?」
「さすがに失礼すぎる。いや人間ですよ。何かが化けているように見えます?」
「人間だとそっちのほうがおかしいんだが……」
しかしここでタリシュカの気まぐれが発動した。貴人というのは珍しいものが好きである。盲目でやたら強い剣士。これは城内で見せびらかしたら盛り上がるのでは?と悪ノリに思考が傾いたのだ。
「本当に見えないのか?証拠は?」
「見えない証拠て。悪魔の証明じゃないですか。まあ、目の前に火を近づけられても反応しないとかですかね。熱さである程度わかりますが」
「なるほど」
タリシュカは剣を抜き打ってみた。戦技は”焔の
ブライは歩きながら腰を反らせて、器用に切っ先から離れていた。髪を焦がすはずだった炎は、鼻先でちろちろ
「いやわからんな。動きがキモすぎる」
「言われよう!てゆーか抜かないでくださいよ危ないな!」
「いやよけただろ。そもそも見えていてもあのタイミングでは無理だぞ。どうやって察知したんだ?」
「柄に触れる音なんかには敏感なんですって!あと戦技の起動音は全部覚えてますから」
「全部て。戦技が何種類あると思ってるんだ」
「バフ系が52種。攻撃系が80種。武器固有が116種。感知とかの特殊系が37種」
タリシュカはさすがに引いた。
「さすがに引くぞ」
「いや見えないですから。覚えないとどうしようもないんですよ。便利ですよ?音のほうが早い時もありますし」
もはや見えるかどうかに関係なく異常者らしい。そう感じたタリシュカは、このおかしな少年を城に持っていくことを決意するのだった。
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