ゲーム世界に盲目で転生してしまったが目隠しRTA走者なのでギリギリ大丈夫

@aiba_todome

第1話 見えない

 暗黒。夜さえ己を恥じて身を隠すような漆黒が世界を覆っていた。

 少年は手足を軽く振った。短い草が擦れるわずかな音以外の収穫はない。しかし夜ではないことが直感的に分かる。かつて見えていた男は、なぜそう感じるのか気づくのにしばらくの時間を要した。


「暖かいな」


 肌を日の光が優しく撫でている。春の日差しだろうか。男の主観では、まだ外出にコートがいる時分のはずだった。

 目を見開く。眼球の表面が乾き、西日か朝日かも分からない斜めからの光がその奥を焼く。しかし光が運ぶはずの色も、明るさも感じ取れない。


「嘘だろ……」


 見えない、と気づく。混乱が極みに達した。


「おーい!誰か―!助けてくれー!」


 あらんかぎりの力で出した声は、恐らくは青空のかなたに吸い込まれていくばかり。そこで男はここが草原だと知った。


「誘拐?え、目をやられたのか?」


 そんなことをされる覚えはない。デスゲームにしても唐突すぎる。いきなり目を潰すなどクソゲーにもほどがあった。そこでようやく叫ぶのも危険かもしれないと黙ってみる。周囲から入る限定された情報からでも、助けを呼ぶのは無意味だと悟れた。

 それに、今のこの状況にどことなく覚えがある。図形問題の最後の補助線が引けるかどうかの、あと一歩の状態だった。


「えーと、そう。始まり。これ始まりだ。何のだっけ……えーと」


 視覚が利かないことも忘れて、思索に沈む。だがそれも足音が聞こえるまでだった。

 がちゃがちゃと、金属音の混じる雑多な音色が近づいてくる。助けを求める声を聞いたのか、あるいはただ通りがかっただけか。いずれにせよ、かなり急いでいることは確かだった。

 それなりの装備、つまるところ武装していることが遠目ならぬ遠耳でもわかる。ほとんど全員が剣を吊っている。槍の柄頭が路面を叩く音。矢筒の中で矢の束が暴れる音。


(なんだ?傭兵団?いや日本だぞここ)


 冷静に判断する肉体と混乱する頭脳。情報が限定されているのが余計に不整合を大きくする。

 無意識に左手が腰に向かった。柄巻つかまきを指でなぞる。輪の国の断刀。最強とは言えないが、バランスの取れた良武器。強化すれば終盤まで十分活躍できる。

 こしらえに触れただけでステータスが思い浮かぶ。当然だ。手に取ったことはなくとも、親の顔より見たかもしれない愛刀なのだから。


 謎の武装集団は臭いがわかるところまで来ていた。隠れるにもここは草原。男には視線を遮るものを探す目さえ無い。

 どうにか敵意がないことを示して、相手の厚意に期待するしかなかった。


「すみません!道に迷ってしまったようでして。ここはどこでしょうか?」


 行進が止まった。一団からは困惑した雰囲気が漏れてくる。怪しまれていることは間違いない。真っ昼間の草原で迷子というのは無理がある話だった。


「やはり追っ手か?」


「でも騎士って見た目じゃねえぜ」


「おい、剣は高級そうだぞ」


 どうも風向きが怪しかった。薄々勘づいてはいたが、真っ当な集団ではない。何かから逃げるように急いでいる。犯罪者の集団、おそらくは盗賊だった。

 先頭にいた一人が進み出る。大して警戒するそぶりも無い。


「迷子かい坊っちゃん。道案内してやってもいいぜ。お代はその剣で……」


「触るな」


 自身の中にこれほど凍えた部分があったのかと、男は驚く。盗賊は一瞬たじろいだが、それで余計に火がついたようだった。


「何だてめえ!俺とやろうってか!」


 今度は腕が胸ぐらへと伸びる。


 抵抗はほとんど無かった。そのため致命傷か、かすり傷かも分からず、男は飛びすさる。それが吹き出した返り血をかわす動きになった。

 剣閃は盗賊の右上腕から首元へと抜けていた。即死である。


 背中に何かがぶつかった。腰ほどの高さの、立方体の石碑。



 

ブライ LV156


生命 40

精神 55

筋力 60

体力 50

技能 80





 その瞬間、見覚えのある数値が視界を埋める。


「こ、こいつ!」


 慌てた仲間が隊伍も組まずに駆けてくる。右手の剣を振りかぶっての切り下ろし。多くの人型エネミーに共通する攻撃モーション。

 振り下ろされるそれを、外側に流すように弾く。体勢が崩れた。後ろに回って突き刺せば、致命の一撃となる。


「やべえ!騎士だ!」

「なんだってこんな所に!撒いたんじゃなかったのかよ!」


 何か勘違いしているようだったが、敵が慌てるのは悪いことではない。浮足立った集団では数の利が殺され、同士討ちなどの欠点が明確に出てくる。

 別に皆殺しにする必要はない。このわけの分からない状況で、しかも目が見えないというデバフ付き。すでに敵の士気が崩壊した以上、長居する意味はなかった。近いところにいる敵の武器を弾きながら、後退の準備をする。


 ひゅ、と矢音がした。そのかすかな震えの種類まで聞き分けた少年、ブライはただちに転がる。

 落ちてくる矢羽の風切り音。一羽のツバメの羽ばたきだったそれは、二つ三つに増えていき、千鳥の喧騒となった。

 降り注ぐ幾千の矢。巻き込まれた地上の生物はたまったものではない。倒れ伏し、逃げ惑い、血まみれになりながら散り散りになる。わずかでも前転ローリングが遅ければ、ブライも彼らの仲間入りをしていた。


「戦技……。”竜堕とし”か。音に注意してなかったらやばかったな」


 見えないのも案外役に立つ。自嘲にも似た独り言を呟きながら、この世界の正体について確信する。


「エデンズダークかよ。正直来たくなかったなあ……」


 驚くほど簡単に現実を認識できた。あるいは半生とまではいかずとも、人生の2割程度は捧げただろうゲームの世界だからか。

 『エデンズダーク』。玄人向けのゲーム開発をしていた中堅ゲーム企業が、一気に世界に羽ばたくきっかけとなった意欲作だ。

 超広大なマップを持つオープンワールドRPGであり、システム、アクション、グラフィック、世界観、あらゆる要素が超一級。それを高いレベルでまとめ上げたこの大作は、その年のゲーム賞を総ナメにし、歴史的傑作に位置づけられた。


 世界観はハードかつダーク。神の恩寵が枯れかけた”外縁”を、生贄となるはずだった不死者として駆け回る。

 そして難易度はである。常人ではクリアまでに数百回は死ぬ。その前に投げ出す者も多い。多種多様なエネミーは、レベルや装備で強化されたプレイヤーを一撃で屠り、何気ない地形一つにまで殺意が及んでいる。


 楽しいけれど転生はしたくない世界。プレイヤー百人に聞けば百人がそう答えるだろう。

 その世界に転生である。しかも盲目で。


「なんてこった……」


 絶望するのに十分な情報量だったが、まずは射手を探す。先ほどまで戦っていたならず者とは格の違う相手だ。初撃を切り抜けたブライのことは、すでに見定めているはず。

 案の定また矢を放つ音が聞こえる。その前に何かが燃え上がるような響きもあった。


神性付与エンチャント……。恐らくは”内なる炎”。広範囲を焼いてスリップダメージを与えてからの追撃か?対人戦にかなり慣れているな)


 遠距離からの狙撃。広範囲の属性攻撃。強弓から放たれる矢の速度。そして目が見えないという特大の不利。常識でいえば、直撃を避けるだけでも奇跡だ。詰みの状況である。



 だがブライは逃げない。むしろ進む。想像すらしていなかった場面で、ふてぶてしいまでの自信に満ちていた。


(さっきの射撃で距離が分かったのは運が良かった。矢の速度は。問題ない)


 ブライの手が刀の柄に触れ、刃光を残して消えた。彼に見えるはずもないが、炎の神力を秘めた矢は暁のごとく輝いて飛来する。来た。

 

 光と光がかち合った。真昼の明るさを星のように貫いて、すぐにしぼむ。ブライは無傷である。

 エンチャントにも種類があり、それぞれ異なる特性を持つ。”内なる炎”は着弾と同時に周囲に火炎をまき散らすエンチャント。威力、範囲共に優秀であり、いわゆるブッパでも十分通用する神性だ。

 だが無敵の技は存在しない。手軽で強力なエンチャントは、打ち消しやすいようにバランス調整されている。”内なる炎”なら着弾と同時に破裂するため、その前に撃ち落とせば不発に終わる、といった具合だ。


 だから目が見えていれば、迎撃もそこまで難しくはない。見えなくとも、理論上は可能である。

 だからできた。そう言わんばかりに、ブライは刀を鞘におさめる。


「やれやれ。俺が目隠しRTA走者じゃなかったら即死だったぜ」




 RTAという競技がある。すなわちリアルタイムアタック。一つのゲームをどれだけ早くクリアできるか。あらゆる手段を用いて最短最速を追い求める。

 高いプレイングスキル、ゲームに対する深い知見は前提だ。その上で果てしない反復練習と乱数への祈りによって、ようやく理論値の極みへ到れるのだ。ゲームの遊び方としては極北に位置する。


 だがそれでさえ満足できない狂人がいる。登る山を失い、ついには自分で山を作り出す数寄者すきものたちが。

 目隠しRTA。そのままの意味である。

 目隠しをしてゲームをする。それでクリアして最速を競う。

 正気の沙汰ではない。ゲームの進化はグラフィックの進化と言ってもいい。視覚こそ人間が処理する最大の情報源であるのだから、よりリアルさを求めるのは自然の摂理だ。新しいハードが出るたび、現実そのものという宣伝文句が打たれ、画面に向けられる目の厳しさが更新されていく。


 それら全てに背を向ける。もはや楽しんでいるのかどうか。


 1千万ダウンロードを突破した『エデンズワーク』には、RTA勢も数多い。1000人以上いる走者の中で、目隠しをする者は十指に満たない。

 ブライは目隠しRTA走者だった。そして世界記録を持っている、千万人に一人のアホだった。




「さて、これ以上打たれっぱなしはまずい。終わらせるか」


 いまだ不利なことに変わりはない。それでもブライは余裕をもって踏み出す。

 そして両手を上げた。


「すみませーん!怪しいものじゃありませーん。降参しますから助けてくださーい!」


 日々の対人戦でつちかった命乞い。これに心動かされぬ敵はいなかった。

 ブライ渾身の奥義によって、戦闘は終わった。

 



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