切り花を君に
路上で花を配ったことがある。
花屋でのアルバイトの面接のあと、「これはプレゼントに」と数本の切り花をもらった。全て流通に乗っている商品としての切り花だ。包装紙で束になっていると贈答用の花束に見える。
花の束を持って帰路を歩く。ここで私は思った。
いらねえ~
花を貰ったわけだが、あまりにもいらない。全然いらない。本当にいらない。私には花を愛でる習慣も、花によって動かされる心もなく、花を見ればただ「花だな」と思うし、バラにマリーゴールドにチューリップなど、オレンジを基調として華やかにまとめられた花束を見ても「花だな」と思う。ただそれだけ。それに私はミニマリストの傾向がある。抱える荷物や飾り気の少なさを美徳としている。私の人生に花を飾るなんていう文化はない。
どうすればよいのだろうか。
この花たちを持って帰りたくはない。しかし、捨てるのは忍びない。そういう心が私にもある。信じてください。誰か欲しい人に受け取ってもらえれば一番いいのだが、東京の端っこでひっそり孤独に生きる私に花を渡すような関係性の人間などいるはずもない。
そういうわけで駅前で花を配ることにした。
私には必要ないが、欲しい人はいるだろう。商品としての立派な切り花である。これをタダであげようというのだ。もしかしたら花を求める人々が殺到して騒ぎになるかもしれない。慎重に配っていこう。
人流の横に立ち、包装紙から取り出した切り花を手に「お花を配ってま~す」「いかがですか~」と声を張り上げる。
誰も受け取ってくれない。
20分ほどやってみたが、誰も手に取ろうとしなかった。花と私の顔を一瞥し、怪訝な顔で足を止めずに去っていく。なんでだよ。ちゃんと見てくれよ、ちゃんとした花だよ。
作戦を変え、立ち止まっている人たちに声をかけることにした。ひとりきりでいる人に声をかけるのは憚られたので、カップルっぽい男女や若者の集団に声をかけていく。「すみません、今お花配ってて。お花いりませんか?」と花を差し出す。
全員に拒否された。
計1時間ほど花を配ろうと試みたが、結局1本も受け取ってもらえなかった。
まあ、敗因はわかる。
怪しすぎる。
ティッシュやチラシならわかる。「ティッシュ配り」「ビラ配り」という言葉があるように、宣伝のために何かを通行人に配る行為は耳目に馴染みがある。路上で配られたティッシュを無視することはあっても訝しむことはない。それに引き換え「お花配り」、あまりに怪しい。東南アジアなどに行くと路上でお花を配っている人たちがいるが、これは商売だ。観光客がお花を受け取ればその代金を請求する。これも、まあわかる。しかし、私がやっているのは本当にただお花を配っているだけ。意図が全くわからない。わからないものは怖い。怪しいクスリのように、タダでお花を撒いて、お花中毒にさせてからお花を売りつける気かもしれないし。
そうであれば、この「わからない」を解消すればいい。花が必要なくなった経緯さえ理解してもらえれば、怪しさもなく、すんなりと花を受け取ってくれることだろう。例えば、「花を贈ろうとするも拒否された」というシチュエーションであればわかりやすい。
「よろしくお願いします」
その声は駅前の雑然とした空気を一瞬にして引き寄せた。視線を声の方に向けると、そこには片膝をついた青年が女性に花束を差し出している。プロポーズだろうか。まるで映画のワンシーンのようだ。通りすがりの人々は足を止め、ふたりの様子を伺っている。
女性は驚いた顔をしていたが、その表情をゆっくりと曇らせた。そして、小さく、けれど響く声で「ごめんなさい」と呟いた。彼女は青年に背を向けて歩き出した。青年は微動だにせず、雑踏に紛れていく女性の背中を見つめている。
女性が去った後、青年は重たい空気を払うように深いため息をつき、勢いよく立ち上がった。そして、花束から花を一輪抜いて通行人に配り始めた。
「花を配っています。 いかがですか?」
青年の声は少し震えていた。
私は青年の元へ歩み寄り、花を一本受け取った。
ほらね。
これならば「花が必要なくなった経緯」が明確だ。これをやろう。
ただ、ひとつ問題がある。この寸劇には相手役、花を拒否する女性が必要だ。この茶番に付き合ってくれそうな女性に心当たりなどない。どうしたものか。その辺の人にお願いするか。
私は駅前でひとり佇む女性に話しかける。
「すみません、あの、花を拒否してもらえませんか?」
緑黄日記 水野らば @rabamizuno
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