プロポーズ専門学校

「初めて出会ったとき、直感的に"この人と結婚するんだろうな"と思ったんだよ」


結婚をした古い友人がそんなことを言っていた。


所謂『運命を感じた』というやつだ。初対面の人間に対して、直感的にビビッとくる。自身と相手の行く末をまるでみてきたかの様に思い描くことができる。読者諸賢もこのような言説を聞いたことがあるだろう。もしかしたら経験のある方もいるかもしれない。


そして、私である。私にはこのような瞬間が1ヶ月に1度くらいのペースで訪れる。


カフェの店員さんにコーヒーを差し出されたとき、古着屋の店員さんに「よくお似合いです」と言われたとき、道行く女性に落としたイヤホンケースを拾ってもらったとき、日常のあらゆる場面で「あっ、自分、この女性と結婚するんだろうな」と直感的にビビッときている。目と目が触れ合ったその瞬間、雷鳴が轟き、風は荒れ狂い、海はうねり、豪雨が降り頻る、天空では龍が咆哮し、地上では人々がええじゃないかを踊り狂う、そのような衝撃が全身を駆け巡る。脳内では、温かな光が差し込む教会でウエディングドレスを着た彼女と向かい合う光景が捏造される。


自分の直感センサーの当てにならなさたるや。我ながら惚れっぽいにも程がある。寅さんかよ。この前なんて、テレビで見かけたエマ・ストーンさんに対して「私、この人と結婚するんだろうな」と運命を感じた。惚れっぽいというか、ただの阿呆である。このように女性との運命を確信しては、その女性が目の前に再び現れることを期待してソワソワとしている。「杞憂」とは私のためにある言葉だ。


しかし、これは「まだ」なだけかも知れない。運命とはどこで交わるかわからないものである。ビビッときた総数が多いということは、それだけ交わるかもしれない運命の数も多い。つまりは確率が高いということだ。そんな私なので、そろそろ有事に備えておいた方が良いのかもしれない。有事とはつまり、プロポーズである。


世の中には夫婦が数多存在する。その分、プロポーズも多くあったことだろう。愛するふたりが結婚を決める、この事象が自然的に起こるとは考えにくい。片方が結婚を提案し、そしてもう片方が了承する。そんな流れがあるに違いない。人間のコミュニケーションの本質は交渉、そしてそれに合意することにあるのだ。私とまだ見ぬフィアンセとの間にはプロポーズというイベントが必ず訪れる。今のうちから考えておいても損はない。


私は思案する。果たして、プロポーズなるものはどのように執り行われるのだろうか。


私は、今日に至るまでプロポーズをしたことは一度としてない。そればかりか恋愛における妙味を知らずにここまできてしまった。プロポーズをする側、される側の立場があるのはわかる。恐らく、私はプロポーズをする側の立場となる。そんな気がする。そうであれば、プロポーズをする側の人間はどういったプロセスを経てプロポーズまで辿り着くのだろうか。


恐らく、プロポーズを決意した人間は、まず『プロポーズの言葉』を考え始めるだろう。


どのような文言で結婚の交渉を行うか、これの如何によってこの交渉が合意に至るか、それとも決裂に潰えるかが決まる。まずは自分でプロポーズの言葉を考えてみる。「私と結婚しませんか?」という趣旨をエレガントかつ、自分らしい、洗練された言葉で伝えようと適当な言葉を探す。国語辞典を引き、インターネットで[プロポーズ 言葉]と検索もかける。英語にしてみたり、フランス語にしてみたり、シェイクスピアを引用したりもする。短歌を作ってみたり、短編小説を作ってみたりする。途中でわけがわからなくなる。この時点での案は、モンゴル800の『小さな恋のうた』のサビを歌いながら婚約指輪を差し出すというものだ。


そんな折、インターネットで『プロポーズ専門学校』なる学校を見つける。通称『プロ専』。縋るような思いで、『プロ専』の門を叩く。ここでは、プロポーズを控えた人間がプロポーズについて学ぶ。プロポーズの歴史から当日のデートプランまで、プロポーズに纏わるあらゆる事柄について講師に叩き込まれる。ある授業において『プロポーズの言葉』を学ぶ。そこで、「モンゴル800の『小さな恋のうた』のサビを歌おうと思っているんですけど」と講師に告げる。「てめえ!プロポーズなめてんのか!」という言葉と共に鉄拳が飛んでくる。そして、ついに『プロポーズの言葉』が完成するのだ。


こんなことをやっているに違いない。


ちなみに、現在、私の考える『プロポーズの言葉』は「これからふたりで一緒に可愛くなっていきませんか?」である。据わりが悪いことはわかっている。ここから洗練させていくつもりだ。『プロ専』に通って。

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