第10話 最終話

 翌日の朝、私はその無人駅に立っていた。同窓生達には気を使わないで仕事に行ってくれと伝えてあった。別れるのも辛いからとも付け加えて。

 四十年ぶりの故郷を、私は本当に来て良かったと思っている。まだ私には故郷があり、友人が居ることを嬉しく思う。同窓会で撮った記念写真を胸ポケットから取り出して昨日のことを思い浮かべ、皆、年をとったが心は青春の気分が味わえた。次も来よう、その時は退職して年金生活を送っているかも知れないが、妻も連れて私の故郷を自慢してあげたい。

 その時は感傷的になることもないだろうから、また青春を楽しもう。そこに美鈴と美幸が見送りに来てくれた。


その二人が、私に是非見て貰いたいものがあるそうだ。そして駅のホームにある柱を指差した。そこに一体なにがあるのだろうか。

 「言い忘れていました。真人おじさん、これを見て下さい」

 二人は私の手を引いて、その古い柱に刻まれた文字を見せた。

『マサト&ルミと、傘のマーク』四十年前二人で書いた文字だった。しかし四十年の月日はわずかに分かる程度だったが東京に行く時に、確かに二人で刻んだ文字が残っていた。俺は思わず、その文字に触れて不覚にも涙が零れ落ち跪いてしまった。そんな無様な姿を、亡き留美の娘たちはどう思ったのだろう。一瞬恥ずかしさが頭をかすめたが、もう自分の感情が抑えきれずに、肩を震わせて泣き崩れてしまった。それを見た二人はこう言ってくたれ。


 「ありがとう。真人おじさん……母の為に涙を流してくれて。きっと天国で母も号泣していると思います。二人は本物の恋だったのですね。感動しました」

「ありがとう、彼女は私の青春そのものでした。亡くなったのは本当に残念です」

 やがて二両編成の列車が入って来た。私は二人と握手を交わして、お母さんのように幸せな人生を送ってくださいと別れの言葉を告げた。列車が静かに動き出した。

沢山の想い出の詰まった故郷とお別れだ。また東京に帰ればいつもと変わらない生活が待っている。初恋の想い出は私と、この娘達の心に閉まっておこう。

 青春の全てが詰まった故郷よ。さようなら。そして初恋の人よ。さようなら。

少しずつ駅が、姉妹が遠ざかって行く。四十年前の青春の想いを残して。

 「さようなら故郷、そして留美、青春を、初恋をありがとう」


 了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋の人 西山鷹志 @xacu1822

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ