第4話 平和な日々

家に帰った後のメリアは、素直にサリオに謝り、俺から魔法を教わることを伝えた。サリオの方からも謝罪し、正式な仲直りができた。


その後、三人で家事を済ませ、早々に寝ることにした。

この家には、サリオとメリアにそれぞれ一室ずつ作られているが、俺の寝る場所がないため、地面に毛布を何枚か重ねて寝ることになった。


「ちゃんとした布団を今度買ってくるから、悪いがしばらくはこれで我慢してほしい」

「気にしなくて良い」


サリオが申し訳なさそうにしているが、俺にとって寝床があるだけで十分だ。


そんなこんなで、俺が人間になってからの1日目が終わった。身体的な不慣れや、あらゆる力に制限がかかっているのを感じながらも、十分に過ごしていけそうだ。


毛布を被り、眠りにつく前、ふとゲルハルトを思い出した。

あいつはきっと、俺のことが心配でたまらないのではないだろうか。


もう少しこの体に慣れ、ある程度戦闘も問題なくできると判断したら、一度魔王城まで行ってみるのも良いかもしれない。

ゲルハルトに会えたら、ちゃんと事情を説明しよう。そうすれば、もう一度超越神化を実行する機会を作れるはずだ。


あれこれと考えを巡らせていくうちに、どんどんと瞼が重くなっていき、いつの間にか眠ってしまっていた。



・・・・・・・・・・・



───ん、これは…?


周囲が熱くなるのを感じる。


違和感に気がつき、パッと目を開く。すると、爛々と燃える炎が眼前に広がり、その向こう側には数人の男女が俺を見つめながら何かを叫んでいた。

ある人は喜び、ある人は目を背け、またある人は悲しそうな表情を浮かべていた。

さーっと周囲を見渡し、ふとある人物に目を留める。


ふくよかな体をした彼女は、こちらに手を伸ばしながら何か悲痛な叫びをあげていた。

しかし、激しく燃える炎が壁となり、彼女の伸ばした手は届かない。


「な、どういうことだ?!」


女の叫びに耳を傾けていると、なぜか急激に体が沈み始めた。


炎に焼かれてしまったのか。


そう思ったが、沈む体は留まることを知らず、やがて地面より低い位置まで沈み───


そこで目が覚めた。


見渡すと、サリオは朝食が乗った皿を食卓に運び、メリアはすでに食べ始めていた。


さっきのはどうやら夢だったみたいだ。


「やっと起きたわね、いつまで寝てるの」

「おお、ヴァル。 起きたか」


メリアとサリオの声が聞こえる。


「寝過ぎてしまったようだ、すまんな」

「あっはっは、昨日は疲れただろうな、朝ごはん置いてあるから、早いうちに食べてくれ」

「あぁ、いただこう」


布団から起き上がり、食卓へつく。

変な夢を見たせいか体が重かったが、朝食の匂いで少し元気付く。


「これ、冷める前に食べなよ、美味しいよ」


メリアがもぐもぐと咀嚼しながら、魚肉が乗った皿を渡してくる。

よく魚を食べる家だと思いつつ、彼女から皿を受け取る。


「うまいな」


一口食べてみると、香ばしい汁が口いっぱいに広がる。

先に朝食を終えたメリアは、筆記用具が入ったバッグを背負い、早々に家を出て行った。

俺もそのあとすぐに食べ終えて片付けると、「ちょっとついてきてほしい」というサリオに付いて森へと向かった。


「ヴァルに狩りを手伝って欲しくてな」


そういうサリオは弓と短剣を備えた動きやすい軽装になっていた。

安全を期して、もう少し身を守れる防具とかの必要はないのか聞いてみたが、どうやらこの森から出現する動物や魔物は、どれも危険度が低いため必要がないみたいだ。


「お、ヴァル、あそこを見てみろよ」

「…あれは、鹿か?」


サリオの指差す100メートルほど先には、一匹の鹿が草を食べていた。


「今日は運がいいな、こんな早く見つかるとは」


サリオは矢を取り出し、弓を構える。


「少し距離があるな…」


矢が届かないと判断したサリオは、指を立てて口にあて、静かにするようにと俺に指示し、足元に細心の注意を払いつつゆっくりと歩きだす。

三歩進んでは止まってを繰り返し、十分に距離が縮まると、サリオは矢を装填した弓をグッと引っ張る。


「見とけよ」


ニヤリと笑うサリオ。


弓を引く手を離すと、スッと矢が飛んでいき、綺麗な軌道を描いて鹿に向かい───腹部に直撃する。


「すごいな」

「長い間狩猟してるからな、これぐらいは余裕さ」


素直に感嘆すると、サリオは得意げに笑う。


「今度は、ヴァルがやってみるか?」

「ああ、試してみよう」


サリオから弓を渡され、他の場所に移動する。

ちなみに、先ほどの鹿は放置で良かったのか聞いてみると、死んだ鹿を餌にやってくる獲物をさらに狩れるため、むしろ一旦放置するのが良いらしい。


しばらく探索していると、今度は小さめのウサギを見つけた。

キョロキョロと辺りを警戒しているが、こちらには気づいていない様子だった。


「やってみよう」


気合を入れ、矢を装填して弓を引く。

しかし、力の入れ方がわからないせいでもたついてしまい、挙げ句の果て間違えて手を離してしまった。


「あ」


あらぬ方向に飛んでいく矢に気付いたうさぎは、そそくさと草むらに逃げ込んだ。


「ま、まあ、初めての頃はそんなものだな」


サリオに慰められつつ、その後も何度か弓を使ってみるも、どうしてもうまく使えなかった。


もしかしたら、俺に武器を使う才能がないのかもしれないな…

それなら、


「魔法でも良いか?」

「おお、そうだな、それならいけるかもしれない」


俺にはまだ魔法という選択肢がある。


ということで、もうしばらく探索し、再び獲物を見つける。

ただし、今度はイノシシだ。


「あれは、少し大きいな…」

「まかせろ」


つぶやくサリオを横目に、俺は手を突き出す。


意識で魔力を練り上げると、掌から槍型の氷が作られていく。


「む、無詠唱…?」


サリオの感嘆の声音が落ちた瞬間、ヒュンッと音を立てて氷槍が飛んでいき───


ヒィイイイイ!!!


腹部を貫かれたイノシシは、悲痛な叫びを挙げながら倒れた。


「おお、ヴァル! すげえじゃねえか!」


俺の魔法を初めて目の前で見たサリオは、興奮のあまり飛び上がって喜び始める。


「当然だ」

「これで当分は狩りに困らないな!」


倒れたイノシシの側に行き、確実に仕留めていることを確認したサリオが俺の肩を叩きながらそう言った。

なんとも言えない温かい感覚が俺の中に込みあがり、なんだか少し嬉しく思えた。サリオにはお世話になっているから、こういう形で恩を返すのも良いだろう。


その後、俺とサリオはそれぞれイノシシと鹿を持ち帰り、血を抜いて皮を剥ぐ作業に入った。

その頃にはすでに夕陽がたちのぼり、メリアが走って帰ってきているのが見えた。


「た、ただいま!」


疲れたのか息を切らせながらそういうメリアは、俺が皮剥ぎをしているのを見て急かしてくる。


「私はいつでも準備万端よ! 早く魔法を教えてちょうだい!」

「いい気合だな、だが今俺は皮剥ぎの仕事が───」

「ああ、それなら俺がやっておくよ」


俺の言葉を遮ってサリオがそういうと、メリアは目を輝かせながら「パパもそう言ってるし、早くいこ!」と言って俺の腕を引っ張る。


「わかった、行こう」

「うん!」


俺はメリアを連れて家の裏───森の前にある少しひらけた草原にやってきた。


「これから、魔法の授業を行おう」


そう言いつつ、俺は両手にそれぞれ炎と水を塊を出現させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王、禁忌に触れて人間になってしまったので、諦めて平和に生きることにした 桜薪 @sakrmak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ