第13話 酔っ払いの先

 最後に時計をみてから1時間以上は経っていた気がする。日頃、常々飲酒する自分は、他人と比べても酒が強いと勝手に思っていたが、今の自分の身体状況をみるに、どうやらその考えは改めねばなるまい。上には上がいるという事実を、千尋は知った。


 「大丈夫ですか??」


目の前のアルさんが僕に振り向いて言った。


 「あぁ、はい。」


声になってるのかもわからない声量で返答する。酔っている自分の声が大きいのか、周囲の人間の声が大きいのかはわからない。


 「あの、すいません。ここは‥」


そう言って耳元の柔らかい感触でハッとした。目を開けるとアルさんのピンと張ったまつ毛が見えた。ぼやけた視界にアルさんがこちらを見下ろしているのがぼんやりとだが、はっきりとわかった。


 「ごめんなさい!俺寝ちゃってましたか!」


瞬間飛び起きると、おぼろげな視界は一気に冷めた。あたりは新宿の喧騒から一転、静けさに満ちていて、ひとけのない公園だとわかった。確か、新宿の駅前で気持ち悪いとあるさんに呟いていたような気がするが、記憶がおぼろげでよくわからない。一体なぜこうなったのか思い出せない。


 「おれ、酔ってましたよね。すいません。潰れてご迷惑かけましたか。」


冷や汗が出た。暗い公園、目も合わせていないのに、大きすぎるアルさんの瞳がこちらをのぞいているのが分かる。自分は確かに酔っていた。失礼はしていなかったか。そもそも膝枕をしてもらっていた。それは俺が頼んだのか。酔って絡んだりしたのだろうか。考えるだけで色んな不安が波のように押し寄せてきた。


 「いえ、お話しして、お休みになられたので、私が場所を移動しただけですよ。」


 なんてことだ。その瞬間、千尋の背中に冷や汗が一筋流れた。自分は酔っ払いだ。潰れてしまった。そしてここまで介抱してもらっていたということだ。と、途端に情けない気持ちでいっぱいになった。申し訳ない。と共にすぐさま謝罪の言葉を探そうとしていると、目の前のアルさんはじっと千尋に目を合わせたまま口を開いた。


 「何も迷惑なことありません。私の話を聞いていただいただけです。気になさらないでください。本当に、何も失礼なんてないんですから。」


 「でも俺、何か失礼な事とか…余計なこと言わなかったですか。」


 「いいえ。大丈夫です。心配しないで。大丈夫。」


アルさんは満月のような綺麗な瞳のまま、微笑んだ。その力強く繊細な美しさは思わず酔いを忘れるようで、千尋は思わず息を呑んだ。

 そういえば、潰れる前の帰り道、飲み会が楽しかったことをアルさんに呟いていたのを思い出した。大人になって初めての趣味が合う友達。好きや嫌い。どうでもいいことを語り合える、共通の友達との飲み会。そして気づけば、もっと他人の事を知りたくなり、嫌いだった自分のことを少し知ってもらいたいと思うようになれたかもしれない。と、話していた。記憶の片隅でアルさんが時折、うなずき、微笑んでいたのがフラッシュバックする。


 「でも、少し飲み過ぎましたね。ごめんなさい。」


 照れ隠しで慣れない仕草でふざけてみる。アルさんはそれでも昂らず


 「戦士は時折疲れを癒すのも必要です。だから気にすることはありません。」


と言った。よく意味がわからなかったが、とにかく次は気をつけようと、千尋は心に留めた。

 風が抜ける。ここは新宿駅からどのあたりだろう。携帯を開くと時刻は夜1時を回っていた。

 「あ、やべ、終電。」

 「うち来ますか?」


遠くの方でバイクの轟音が鳴り響いた。

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