愛情という行為
私の家族は祖父母、母、叔父(母の弟)、兄、私の五人構成だ。
当たり前だが、全員性格がバラバラで、それでもとても仲の良い暖かい家族だ。
祖父母はしっかり者で、母はマイペースでのんびり屋、私も母に似ているとよく言われる。
兄は神経質タイプで、叔父はのんびりでありながら少し神経質な一面もある。
本当に祖父母と母、私では正反対といえるような性格だが、それでもとても雰囲気は良い。祖父母が妥協してくれていそうだが。
そんな祖父母、ここでは祖父について、思ったことを。
私の祖父はどちらかというと無口で人付き合いが苦手。飲みに行く友人も少なく滅多に行くことはない。お酒が好きでいつも晩酌している。普段は家にいて、テレビがYouTube。または家の庭の手入れを楽しそうにしている。笑ってしているわけではないけれど。雰囲気が楽しそう。
そんな祖父の印象を聞いて最後の庭の手入れ以外を見たら厳しそうで少し潔癖そうな人、と思うかもしれない。
確かに祖父は厳しいは厳しいかもしれない。私は怒られたことは無いが兄とはよく衝突している。
祖父の言うことはいつもド正論だ。
だから大抵怒られることをした兄が悪いのだが。
声を荒らげて叱責する訳ではない。
ただ静かに不機嫌そうにド正論を言う。
これに兄はわかっていながら、いつも反発する。
負のループだ。
祖父は不器用な人だ。
兄のことを思っているから叱る。
けれど不器用で人付き合いがれ苦手なため、伝え方が一パターンしかない。つまり正論を突きつける。
相手の話を聞こうとしない。
伝え方がわからない。
本当に祖父を見ていていつも不器用な人だと思う。
けれど確かに祖父は私たちを愛してくれていると思う。
兄と祖父の間には静かにいつ亀裂が入ってもおかしくない様な薄いガラスのグラスがお互い顔を伺ってグラグラしているかもしれない。
けれど私は家族がすきだ。
面と向かっては言えないし、恥ずかしいけれどとても大切に思っている。
日々、家族に感謝しているつもりではあるけれどそれが行動として現れているかはわからない。
けれど、大切に思っているからこそ、家族の、一番身近な人達でも、小さな行動に愛情を、あたたかさを感じることがある。
それはもちろん不器用な祖父にも。
今まで幾度も感じてきたことはある。
もう忘れてしまったこともあるかもしれない。
けれど確かに、祖父の私に対する思いを感じたことがある。
それは成人式の日のことだ。
私はその日、振袖を着ていた。
レンタルのため、式典に送迎してくれた母以外、振袖姿は家族に見せていなかった。
そのため、式典後、友人と二次会に行く前に家に帰り、祖父母に振袖姿を見せに行った。
家に帰ると祖母はとても嬉しそうに振袖姿を褒めてくれた。
そして祖父にも会った。
私は何故か少し祖父には照れくさかったけれど、振袖の袖を持って成人式に行ってきたよ、などということを言ったと思う。
そうしたらその時に祖父が優しく微笑って綺麗だね、と言ってくれた。
少し時間が止まった気がした。
実際には止まっていなくてすぐに写真を撮ろう、と母と祖母の声に呼び戻されたのだけれど。
確かに、綺麗だね、と言ってくれたのだ。
なぜだかわからないけれど嬉しいよりも先に涙が出そうになった。
もう、大人になったね、と言われたような気がしたからだろうか。
今まで静かに見守ってきてくれた祖父。
私は祖父の前では自分はずっと子供のような気がしていた。
実際そうかもしれない。
いくつになっても祖父は私を子供だと思うかもしれない。
それでも確かにあの瞬間、祖父の前で今までの幼い子、ではなくなったような気がした。
嬉しいはずなのに、どこか私の胸には寂しさが溢れていた。
私を一目見て、私が祖母と母と話していると、祖父は私が小学生の頃だろうか、中学生の頃だろうか、それくらいの時に買った一眼レフカメラを持ってきた。
そしてカメラのレンズを私に向けた。
祖父は写真を撮るのが上手という訳では無い。
いつも被写体が小さすぎたり、アップになりすぎていたりする。
けれど思い返すと、祖父は必ず何か特別な日にはカメラを構えてくれていた。
祖父はほとんど自分が写真に入ることは無い。
いつも私たち家族を撮ってばかり。
だから家族写真に祖父が写っていることは少ない。
一緒に撮ろうよ、と言っても気恥しいのかあまり写りたがらない。
けれど私も大きくなってからは祖父の姿を写真に収めたいと、残しておきたいと思い、半ば無理やりに一緒に写らせたり、勝手に撮ったりしている。
家には私と兄が幼い頃からの写真を収めたアルバムが何冊もある。今のようにスマートフォンで写真を簡単に撮って、スマートフォンで写真を見ることが当たり前ではなかった頃。
祖父母は熱心に写真を撮ってはそれをプリントアウトしてアルバムに収めてくれていた。
家の庭で遊んでいる写真。
おままごとをしている写真。
祖父と兄と私でお風呂に入っている写真。
怪我をして額に湿布を貼っている写真。
サングラスをかけて決めポーズをしている写真。
クリスマスの写真。
一緒にケーキを作っている写真。
なんでもない日の、なんでもない写真ばかりだ。
そんな何気ない光景を写真に残してくれていた。
そして私の入学式、卒業式、部活の大会、また入学式、卒業式、合格発表の日、そして、成人式。
いつも祖父はカメラを構えてくれていた。
私は写真写りが悪く、自分では写真を撮るのが好きだが、撮られるのは得意では無い。
けれど、成人式の日に、カメラを構えられた時に思った。いつも、祖父は私の写真を撮り続けてくれていたのだ、と。
そしてそれが、無口な祖父の、最高の愛情の現れだと思った。
どうしようもなく、心が揺れた。
視界が揺れた。
嬉しさでも、悲しさでも、寂しさでもない。
名前のない感情を表すにはどうしたら良いのだろうか。
感動だろうか。
いや、今一番自分が知っている言葉の中でその時の感情を表すならそれは、愛しさだ。
私はいつも私をカメラに収めてくれた祖父に、無口で自分のことを話さない、伝えることが出来ない祖父に、どうしようもなく自分への愛情を感じ、そんな祖父をとても愛しく思ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます