永遠の誓いを……此処から始まる二人の物語。

椎野 守

短編

「げ、ムリムリムリムリ、無理ー!」


「そう言わずに、ね? お願い、亜紀あきちゃんのだーい好きなフルーツパフェ、奮発しちゃうから~」


 下町の商店街の一角、こじんまりとした『フラワーショップ芹澤』の店内で、学校から帰ったばかりの私は、母親と対峙たいじしていた。


「小学生じゃないんだから、娘をパフェで釣ろうだなんて、私のこと何歳いくつだと思ってるの!?」


「あら、知ってるわよ~。お母さんと同じ、ジュウナナサイ。うふ」


 そっちは、『永遠の……』でしょ? 頭痛くなってきた。


 頼みがあるって言うから聞いてみたけど、とてもじゃないけど引き受けられるような案件じゃない。


「亜紀ちゃん、お願い! 商店会からのお願いなのよ~。あのショッピングモールができてから、みんな苦しいのよ~。ウチも売上げ落ちてるし。そう、そうよ……もしこのまま何もしないで、手をこまねいていたら……破産? イヤ、嫌だわ! お父さんと苦労して開いたこのお店を閉めるだなんて! 私達の愛の結晶、この花屋を畳むだなんて、考えられないわ!! そんなことになったら、天国のお父さんに申し訳が立たないわ……うぅ、シクシク」


 両手で顔を覆って、その場に泣き崩れる母親。妙に芝居がかっているなぁ。


「ムリなものは無理。だって私、美人でもなんでもないし!」


 そうよ、何で私に頼むのよ。こんな平凡を絵に描いたような私に!


「そんな、お母さんの前でそんな悲しいこと言わないで……亜紀ちゃんは、自分では気づいてないだけなの。亜紀ちゃんは本当に、じゅうぶんにアレよ……」

「アレって何よ?」


「……いないのよ。亜紀ちゃんしかいないのよぉ~! うわぁ~ん」

「ちょ! 答えてよ! それに、いい歳して泣かないでよ!」


「だーってぇ。引き受けてくれなきゃ、涙、止まらないもん……ぐすん」


 あーもう。


「……本当に私でいいの?」

 うんうんうんうん、と、何度も頷いている母親。


「どうなったって私、知らないわよ……責任とれないからね」

 うんうんうんうん、と、さらに頷きを繰りかえしている。指の隙間から、私のこと見てるし……って、あれ? 目が笑ってる!?


「責任なんて……亜紀ちゃんなら大丈夫! 亜紀ちゃんでイイに決まってるじゃない! 亜紀ちゃんしかいないわ! 亜紀ちゃんがイイわ! やっぱり私の娘だわ、頼りになる! 商店会へ連絡しておくわね! みんな喜ぶわぁ~」


 げ! ハメられた!?

 もしかして、まんまとやられた!?


 恐るべき策士。だてに女手一つでこのフラワーショップを切り盛りしているだけのことはある。


 って、感心している場合じゃない!

 とほほ。どーしよ、変なこと引き受けちゃったな……。


 私は、2階へ上がるなり、カバンを放り投げた。全身が映る鏡の前に立って、制服のスカートを両手で摘まむ。右足だけつま先立ちにして、右ひざを少し曲げて、おすましをしてみる。


 まぁ、スタイルは……悪くない? ……ハァー、良くも無いけど!

 もう少し胸があればなぁ……えええぃ、肩こり知らずってね!

 身長は、平均的。

 お肌は自信、ちょっとだけあるかも。


 問題は……コレだよね。

 鏡に近寄って、まじまじと見る。見飽きたその表情。よく言えば……日本人形?


「こればっかりは、どーにもならないよ?」


 その場にペタンと座り込む。ため息しか出ない。

 うつむいた視線の先、鏡台の引き出しが見える。そーっと引き出しを開けると、お母さんの化粧品が並んでいる。


 一番明るい口紅を手に取り、キャップを外してクルッっと回す。鮮やかな朱色が飛び出してきた。小指の先でちょんと触れると、指先に紅が乗り移った。


 グッと鏡に身を寄せ、くちびるを突き出す。

 だるいような顔付きで、小指をくちびるに乗せる。


「んー、っぱ」


 口紅をなじませ、コットンで小指をふき取ると、さっきよりも少しだけ大人びた女性が、目の前に現れた。


 立ち上がって今一度鏡を見つめる。前かがみで上目づかい。生意気そうなね!


 両肘で、ちょっとだけ胸を寄せてみる。

 セクシーアピール! なーんてね。

 んふふ……前髪は、自然な感じがイイのかな?

 肩まで伸びた髪を、手櫛てぐしで整える。

 クルリと一回転。スカートがフワリとゆれる。

 

「うーん……髪、伸ばそうかな……」




  ※  ※  ※




 商店街の写真館へ行くと、大勢の大人たちが集まっていた。


「先ずは、メイクからね」


 私の為に用意された椅子へ座るように、優しく案内される。

 メイク担当は、化粧品を扱ってるお店の人のようだ。商店街で、何度か目にしたことがある。優しそうな女性ひとで、安心した。

 いつも通っている美容院のお姉さん達も、スタンバイしている。


「よろしくお願いします」


 お辞儀をして、上着と肌着を脱ぐ。椅子に座ると、バスタオルを前から掛けてくれた。

 女性スタッフだけとはいえ、下着姿は恥ずかしかったので、ほっと胸をなでおろす。


 キャスター付きの大きな鏡が、私の前に運ばれてくると、全身を映し出した。

 見たことがないような化粧品やメイク道具が、次々と運ばれてくる。こういうのって、プロ仕様っていうのかな? どれもこれも、めっちゃ高そう……。

 こんなのを私に……なんか、もったいない。いいのかな?


 鏡越しに辺りを見渡すと、壁際にひっそりとたたずむ母親と目が合った。にっこりと笑顔を見せてくれている。


 緊張で、ぎこちない笑顔を返すと、プッと吹き出す母親。うおい、アンタは味方のはずでしょう? 人の気も知らずに……ぐぬぬ、覚えておれよ。


「お肌、綺麗ね! これなら、下地はあっという間ね。日頃のお手入れがいいのかしら?」

「あ……えっと、普段はお風呂上りに化粧水をつけるくらいで、あんまりお化粧詳しくないので、それくらいしかしてないです」


 不意のお褒めの言葉に、戸惑いが隠せない。


「高校生なら、それで十分よ。乗りもイイわね……うらわましいわ」

「あ、ありがとうございます」


 なんか、なんか、すごい、顔が熱い。


 何種類もの液体が、私の顔に塗り重ねられていく。ただでさえ特徴のないキャンバスが、よりいっそう平坦になっていく。


 今だ、チャンス到来! フフッ、これでもくらえ! 能面のうめん攻撃~。母親への逆襲を開始する。


 母親と目が合う。プッっと吹き出す母親。攻撃命中! けど、なんか複雑な気分。


 メイクは着々と進んでいく。口紅が乗ると、途端にキャンバスに起伏が現れる。

 私がお遊びで塗るのと違って、すごい立体的!

 アイシャドウ……チーク……私の平野に、山々が形成されていく。いつの間にか、山脈を連ねているようだ。


「まつ毛……長いね~。何もしなくても、このままが自然でイイかな?」

「へ!? あ、そ、は?」


 なんて返事していいのかわからない。マヌケな返事をしてしまった。

 しまった、また笑われる。母親と目が合う。あれ……笑ってない?


「お疲れ様ー。メイクはこんなところね。休憩する?」

「あ、いえ、大丈夫です」


 緊張してるけど、疲れは大丈夫。皆さんを待たせてしまうのも、申し訳ない。


「じゃあ、ヘアメイクに移りましょう。そのままにしててね」

「はい、お願いします」


 ウイッグ? 初めて着けた。何だか重たい。頭が後ろに引っ張られているみたい。あごを引き気味にしていないと、ひっくり返りそう。


 フワフワっとした栗色の髪が、腰のあたりまで緩く編み込まれていた。

 花飾りが、照明をキラキラと反射させている。


「ヘアメイクもOKよ~。亜紀ちゃん、お疲れ様。休憩、しましょ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 母親が、そっと私のそばに歩み寄ってきた。


「お姫様? ご機嫌はいかがかしら?」

 母親が、冗談めかしてそう聞いてくる。

「本当は、じっとしてるの、疲れる」


 そう言いながら、鏡越しに母親の表情を見つめる。

 ねえ、お母さん? さっき少しだけ、寂しそうな顔してなかった?


「あらあら、んふふ。言葉遣いはそのまーんまね。いけませんよ、お姫様!」

「だって、私は私だもん。お姫様じゃないし、中身は変わらないよ……」

「そうね、うふ。失礼いたしました」

「なにそれ……」


 気のせいかな? 良かった。お母さん、やっぱり楽しそう。



 最終仕上げ。ウエディングドレスにそでを通す。 

 と言っても、袖が無いタイプ。胸元から上が全部開いてて、なんか恥ずかしい。

 長くて薄い手袋みたいなのをつける。

 

 ふんわりベル状に広がったスカートが、床まで届いている。

 私を中心に、半径1メートルくらいが全部ドレスなんだけど。


 何だろこれ? とっても歩きづらいよ。


 足元は、写真館で借りたスリッパのままだけど、スカートで隠れてるからこのままでイイみたい。

 この恰好でヒールとか、本気で転ぶから助かった。


 メイク道具や大きな鏡、その他の着付け用具が一斉に片づけられ、代わりにカメラや照明機器が運ばれてきた。


 私を取り囲む。


「亜紀ちゃん! フラワーショップ芹澤、自慢の一品よ! えよ、映え! よろしく頼んだわね!」

 商魂たくましい母親から、ブーケを受け取る。


 母親の最大の目的はコレだ。ウチの店で用意したブーケを、写真に乗せてもらって、ちゃっかり売り上げ倍増を目論んでいる。


 でも……あれ? お母さん……なんか、ちょっとだけ声、震えてなかった?

 気のせい……かな?

 

 もしかして……


 もしかしてお母さん?


 ……お母さん、私、まだ、十七歳だよ。


 安心して……。


 そんなにすぐにはかないから。





 だって、彼氏だって、まだなんだし!!


 撮影は、あっというまに終了した。


 


  ※  ※  ※




「亜紀、写真もう見た?」

「うん、一応……見たよ」


 放課後、クラスメイトの美奈みなと一緒の帰り道。


「イイよねー、あのウエディングドレス。あのブーケって、亜紀んちのでしょ?」

「うん。母親がね、宣伝だって」


「私が式挙げるときは、絶対亜紀んちにブーケ頼むから。売上げに貢献する。約束するわ」

「それはそれは、まいどあり」


 美奈は、目をキラキラと輝かせている。


「ねえ亜紀、今から写真、見に行かない?」

「え!? 今から? 一緒にってこと?」


 マジで? 行きたくない。


「そりゃそーでしょ。いーじゃん、私、何度みても飽きないの。ねぇ、行こうよ」


 何度か見たら、飽きようよ。そんなに見るもんじゃないよ。行きたくないよ。


「でも、ちょっと遠回りだし……今日じゃなくても……」


 行きたくないのよ。察してよ……。


「ホントは亜紀も見たいんでしょ? 行こ行こ!」


 ねばるね……行きたくないのに……。


「は、はぁ……じゃ、少しだけ」


「よーっし、はやくはやく!」


 行きたくねぇ……。



 小さな結婚式場の案内看板。三メートル四方に引き延ばされた大きな写真が、幹線道路沿いに掲載されている……らしい。


 花嫁にしては幼い気もするそのウエディングドレス姿の美しい女性は、学校でも男女問わず、話題になっていた。


 写真館から送られてきた写真。母親と一緒に見たけど、案内看板を見るのは今日が初めてだ。


 そういえばお母さん、ずっとあの写真に見入ってたな。お店に飾るのは、断固拒否してやったけど。


 幹線道路を進んでいくと、まだ随分と距離があるのに、見覚えのある巨大な写真が目に入った。


「うわぁ、綺麗。いいな。『永遠の誓いを……此処から始まる二人の物語』だって」


 感嘆かんたんの声を挙げる美奈。


 私も、ほんの一瞬だけその案内板を見て、直ぐに目を逸らした。

 いや、マジで無理。無理、無理。とてもじゃないけど、こっぱずかしくて見てられない。体中の毛穴が開く思いだ。


 案内板の直ぐそばまでやってきた。

 早く帰ろ! ねえ……美奈、帰ろうよ。


「何度見ても綺麗よね~。それに若いよね? もしかして同い年くらいだったりするのかな? そんな訳ないかあ……ねえー」

「ど、どうだろね……? あはは……」


 美奈! あんまりその写真、見んなって!! 美奈みなだけに? ってなんじゃそりゃ! 頭おかしくなったかな?


「それにさ、な~んかこの子、見たことある気がするんだよね……気のせいかな?」

「気のせいだよ!!」


 帰ろー! 美奈、今すぐ帰ろう。とっとと帰ろう。即座に帰ろう。

 こんなところに長居は無用だ。早急に帰ることをオススメする!

 寄り道、良くない。不良のはじまり。


 はぁ……もう。

 早く……この案内板、更新して……お願い。

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永遠の誓いを……此処から始まる二人の物語。 椎野 守 @mamo_shii

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