第4話 信用・信頼
「は?」
咲希との間にできた子供のことをきちんと説明しないといけない。咲希と俺はとりあえず俺の両親に説明するため我が家に来ていた。
「何言っているの?」
母さんは驚きを隠せないようだ。事前に二人には咲希に余命を伝えていないことを言っておいた。余命のことを知っているからなのか父は怒っているようだった。
「咲希さん、まずは謝罪させてほしい。この度はうちの息子が本当に申し訳ない。」
「申し訳ありません!」
父も母も咲希に土下座をしていた。両親が誰かに土下座をする姿なんてはじめてみた。
「私は産みたいって思ってます。今日はその許しを貰うために来ました。」
「明輝、お前…」
「俺は産みたくない。堕ろしてほしいって言ってる。」
「明輝はどうしてそんなこと言うの!?」
「咲希さん、ごめんなさい。私達も産むのには反対だ。」
「そんな!」
「第一、学校はどうするんだ?これから子持ちでどうやって…。お金は責任を持って払う。どうか堕ろしてほしい。」
「子が子なら、親も親ですね。なんでですか?命なんですよ?明輝が一人息子ならあなた達にもわかるでしょう!?」
「本当に申し訳ない」
「咲希、ごめんな」
「私、絶対に堕ろさないから。一億だって一〇億だって払われても堕ろさないから」
「…でも咲希の幸せは?咲希は本当にそれで幸せなの?」
「地獄だってどこへだって一緒に行く勇気があるわ。もちろん明輝、あなたともどこにだって行ったわ。それなのに」
「じゃあ」
人は真っすぐで眩しい人をみているとそうなりたいって思うものなんだ。
「だったら、そこまでいうなら、俺と地獄へ行こう。」
「うん!」
俺が差し伸べた手に咲希は迷わすにまっすぐ飛び込んできた。もう後悔したって遅い。俺は咲希と、この子と地獄に行く。
「お前、何言ってるのかわかっているのか?」
父さんも母さんも許してはくれないだろうけど、もう決めた。勇気を振り絞った最強の一手。
「父さんも母さんもごめん。俺は咲希と生きたい」
「明輝、ありがとう」
「え?」
「はじめは明輝がへなちょこな事言うからぶん殴ってやろうかと思ったよ」
「ごめん、整理が追いつかなかった。」
「まぁ、明輝は不器用だからね。でも本当に良かった。ありがとう」
「俺こそ、俺との間に命を宿してくれてありがとう。」
「明輝」
「ん?なに」
「愛してる」
「俺もだよ。愛してる。」
「あーあ、このまま結婚しちゃいたいな」
「俺たち、まだ一七だからね。」
「楽しみだなぁ、男の子かな?女の子かな?元気に生まれてきてくれるかな?」
「きっと大丈夫さ。」
「明輝が名前つけてよ」
「いいの?」
「うん、明輝からこの子への初めての贈り物だね。」
「うん、そうだね。考えとくよ、とびっきりのやつ」
「ありがとう」
「俺さ、大好きだよ。」
「どうしたの、急に」
「咲希を幸せにしたい、この子のためにも。」
「そうだね、二人ならきっと大丈夫だよ」
「そーだね。」
俺は卑怯だ。咲希の人生を潰して、生まれてくる子供に辛い思いさせてしまう。なのに自分だけ最後まで好きな人と生きて。卑怯で、離れる勇気もない臆病者だ。最低だ。サッカーはあんなに簡単に諦めることが出来たのに。咲希を手放すことは出来なかった。
咲希の両親に子供が出来たと報告したら殴られた。『娘の人生を潰しやがって』って言われた。でも歯の一本ぐらいは覚悟してたから驚いたり怯えたりはしなかった。何度も何度も頭を下げた。でも、責任とりますなんてことは言えなかった。どうせ責任なんて取れやしないのだから。咲希は泣きながら何度も謝ってきた。でも、悪いのは咲希じゃない。俺がこの道を選んだのだから、咲希は何も悪くない。
「明輝、今日も体育休むのか?」
「うっせぇ、腹が痛いんだよ」
「もうそれ二ヶ月前ぐらいからずっと聞いてるよ」
「お前居たら勝てるのによー」
「自分の力で勝てや、笑」
クラスの男子には多少不審がられたが元々サボり癖があったので深くまでは追求されなかった。でも、櫂からの視線はいつまでも離れなかった。
「明輝」
「お前は、俺と話したくないんじゃなかったっけ?」
「なんで体育受けないんだよ」
「だって、めんどくない?」
「お前は確かに授業とかサボったりするけど、運動は好きだろ?」
「好きじゃないよ」
「朝のランニングもやめてるじゃないか」
「なんだよ、ストーカーかよ」
「なんでなんだよ」
「櫂さ、自分勝手すぎるよ。突き放したくせに」
「なにか理由があるのかって聞いてるんだよ」
「手の内をすぐひっくり返すようなやつを信用できるわけ無いだろ?冗談はやめろよな。」
優しくされると勘違いしてしまう。もしかしたらなんて期待してしまう。どうせ切り離すくせに。こいつはいつもそうなんだ。俺にはもう櫂を信用できない。
「たしかにな。なんか勘違いしてたわ。お前は部活を捨てた裏切り者だもんな」
この日から何もかもが崩れ始めた。
俺が学校に行くと上履きがなかった。荒山の仕業だろうか。今までは殴られることばかりで物を取られることなどは特になかった。珍しいなって思ったけど気まぐれなのかと思うだけだった。スリッパを履いて乗り切った。こんぐらいは可愛いものだ。
その日の午後、咲希と昼食を食べて教室に戻ると教科書が破られていた。沢山の紙切れが机の中に詰め込まれていた。
「なにこれ、」
「うわぁ、最悪だわ」
「あいつらか!?絶対に許さない!!」
「咲希、落ち着いて?咲希は殴り合いとかしちゃダメだよ?咲希だけの問題じゃないからさ。」
「でも、、」
「なぁ、山口」
クラスの男子に荒山の仕業か聞いてみたが『言えない』と言われてしまった。荒山が犯人なら迷わずに言ってくれてことだろう。昨日の今日で変わってしまうなんて思い当たることは一つだけだ。
「結構、ショックだな」
思っているよりも心のダメージが大きかった。櫂は高校からの友達だけど親友と呼べる相手でそれなりに信用も信頼もしていた。こんなことになるなら、はじめからサッカーなんてするんじゃなかった。
「明輝、元気ないな?」
「春樹、聞いた?」
「子供で来たんだって?おめでと」
「本当にめでたいと思うか?」
「そーだな。咲希ちゃんはシングルマザーになるわけだしな」
「やっぱ、そーだよな」
「お前の母さん、めっちゃ泣いてたぞ。」
「わーってるよ」
「でもなんか、本当にそれで悩んでんのか?」
「無駄に勘がよろしいことで。」
「あたり?話きこか?」
「言うわけ…いや。」
いや、助けを求めるなら今なのかな。今しかないのかな。
「バイト終わりに飯でもいくか」
「うん、行く」
バイトは何事もなく終わって春樹のバイトが終わるのを一時間待って駅前の居酒屋に入った。
「生一つと烏龍茶、お願いします」
「春樹のおごり?」
「もちろん」
「やった」
「学校はうまくいってるのか?」
「正直言うとあんまり。体育とかは見学だし。」
「病院は?」
「来週に検査入院ある」
「体育をかるくやるぐらいは良いんじゃないか?軽い運動はした方が良いって言われたんだろう?」
「本気になってしまう、運動って楽しいから。」
「体育とかを休んだら浮くのか?」
「体育が原因なのかな。」
「まぁ、レベルの低い人達は沢山いるからな」
「春樹はそーいうのなかった?」
「俺は無かったな。」
「俺、どーすれば良いんだろうな」
「咲希ちゃんのことだけ考えてればいいだろ。咲希ちゃん、妊娠したなら学校はいけなくなるだろ?産まれてからの方が大変そうだし」
「たしかに…」
「行きたくないなら行かなくても良いだろ。時間は有限だからな」
「そうだね」
「明輝は明輝がやるべきと思ったことすればいいよ」
春樹は昔から優しい。その優しさに触れると泣きそうになる。柔らかい容姿で、柔らかい声。それなのに肩幅は広くて包容感がある。
「俺さ、ほんとは行きたくないんだ。でも、咲希と一緒にいたいんだ。だから、だから…」
それ以上は声が出なかった。初めて相談という相談をした気がする。その相手が春樹で良かった。
次の日も、その次の日も嫌がらせは続いた。俺はクラスで完全に孤立した。クラスメイトの山口にはスマホにメッセージが届いていた。謝罪と主犯は櫂だということが書かれていた。何一つ変わることはなかった。
カレーライス 彩羽 @irohallllllllllll
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