第3話 後悔
「明輝」
「櫂」
「この前は悪かった。きちんと話がしたい。」
「今更じゃないか」
「ごめん。」
「…わかった、今日の部活終わりに駅近のファミレスに来て。」
「ファミレス?」
「俺、そこでバイト始めたんだ。」
「バイト?なんで」
「なんでもいいだろ」
「わかった。じゃあ、放課後に。」
咲希には一生話せない気がする。湊先輩に言われてそう思った。だから櫂に言おうって決めたんだ。一度は櫂に相談することなんて諦めていたけれど、もう咲希を助けてくれるのは櫂ぐらいしかいないだろう。櫂には愛さんという彼女さんが居るから目移りする心配もない。
「あれ、櫂くん来てたの?」
櫂との入れ違いで咲希が俺のクラスに来た。
「あれ、髪少し巻いてる?かわいい」
「気づいた?さっすが明輝」
「今日は俺バイト入れたけど、咲希は?」
「あのね、すごく真面目な話があって。」
「真面目な話?」
「明輝、今日帰ってきたら話そう。」
「え、うん。わかった」
真面目な話ってなんだろう。でも心なしか嬉しそうだったな。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか。」
学校が終わって自転車で一〇分。俺のバイト先であるファミレスは学生に人気でこれから来客が増えるのだ。
「明輝、キッチン入れ」
「はーい」
「二番テーブル頼んだ。」
二番、二番…。とんかつ定食に唐揚げ定食か。こんな明るい時間からよく食べるな。晩飯か?にしては早いな。
「春樹(はるき)、片付けもちゃんと並行してやれって言ってんだろ?」
「あぁ!?ガキは大人しく先輩の尻拭いでもしとけや」
「普通は先輩が後輩の尻拭いすんだよ」
「生意気なガキめ」
春樹は従兄弟でもう大学生。家も近くて小さいときから一緒だったので兄みたいな存在だ。少し口は悪いけど、根は優しいので俺はかなり春樹のことを気に入っている。
一九時過ぎ。俺は一九時上がりにしていたので着替えてファミレスの席に腰掛けていた。
「明輝。」
「遅かったな、櫂。」
「すまん、片付けに少し時間がかかった。」
「そうか」
羨ましく感じる。本当は俺もそこに居たはずなのにな。汗水流して俺も頑張ってたはずなのにな。
「で、話しようよ」
「ドリンクバーでも飲んでくか?」
「いらない。話、してくれよ」
「せっかちだな。わかったよ」
「…。」
話す、話すだけ。それなのに声が出ない。
「なんだよ」
「い、いや、実は俺、大学受験目指してて。」
「まぁ、頭良いもんな。」
「そのためにバイトしたいなって。」
「そんなことのため?」
違う。違うんだよ、櫂。気づいてくれ。嘘だ。全部嘘だよ。俺もサッカーしてたかったよ。お前たちと一緒に試合してたかったよ。
「やっぱ幻滅だわ。お前への認識で何か変わることはないわ。お前、ずるいよ。勉強も運動もできて。俺たちのこと馬鹿にしてたんだろ?お前は元々俺たちが懸命に練習してる姿見て内申、馬鹿にしてたんだよな。なぁ、そうだろ?」
顔をあげられない。目が見れない。胸が痛い。怖い。
「なんか言えよ!」
「そのへんにしといてやれよ。」
「何、誰あんた」
「こいつの従兄弟かな。」
「関係ないだろ」
「こいつ、馬鹿で勇気ないからさ。もう少し、待ってやってくれ。」
「は?何言ってんのかわかんない。俺帰るわ。」
「待って…」
「お前、二度と部活に顔みせんな」
結局、本当のことを伝えられないまま櫂は帰ってしまった。
「お前さ、ほんとに勇気なしだよな」
「もー、うるさい」
「病気のこと、言えないのか。彼女にも?」
「俺、お前に話した記憶ない」
「明輝の母さんが俺の母さんに相談しないわけないだろ」
「仲いいよな、あの人達。」
「まぁ、俺が助けてやるよ。兄貴だからな。」
「兄貴ヅラすんな」
何もうまく行かない。春樹に話してもなんの解決にもならない。俺に勇気が足りない。時間も気持ちも、何もかもが俺には足りてないんだ。
「送っていくよ」
「いや、咲希の家にいくから。」
「また?」
「なんか文句あんの?」
「そんな行為ばっかしてると子供できんぞ。」
「うっせぇ、この童貞クソ野郎」
確かに春樹が言うこともわかる。一緒に寝てる場合じゃないわ。どうせ、子供ができても俺は育てられないんだからな。
「じゃあな。気をつけていけよ」
「うん、じゃあ」
「ただいま」
「明輝」
「コンビニでプリン買って来たよ。二人で食べよう」
「明輝、あのね。話があるの」
「そういえば何か言ってたね。先に話する?」
「うん!」
「わかった。じゃあ話を聞くよ。」
咲希は高校から一人暮らしをしていて家族は少し離れたところに住んでいるらしい。寮生活をする気もあったらしいが、一人暮らしの厳しさを味わいなさいとアパートに暮らしている。俺にとっては咲希の家に泊まり放題だから嬉しいんだけど、咲希は何かと苦労しているらしい。
「実はね!子供できたの!」
春樹に言われたことを思い出す。
『子供できんぞ』
見事なフラグ回収。そして絶望。なにそれ、最悪じゃん。俺はもう死ぬのに。
「明輝…?」
咲希が心配そうな声で俺の名前を呼ぶ。まただ。怖くて目が見れない。なんて言えば良いのかわからない。
「もしかして、嬉しくない?」
嬉しい、嬉しいよ。でも咲希に申し訳ない。俺が死ぬってことは、咲希をシングルマザーにしてしまうってこと。咲希との間に子供ができるってことは、咲希のこれからの一生を奪うってこと。咲希を不幸にしてしまう。俺に子供ができる資格なんてない。
「産むの?」
ひどいことを聞いてしまった。でも、逃げちゃだめ。命が人生がかかっていることだから、逃げちゃだめなのに。
「明輝くんは産んじゃ嫌だ?」
咲希が悲しい顔をしていた。本当は泣いて喜びたい。普通はそういうものだろ?
「咲希は産みたいの?」
「産みたいに決まってる。だって、命なんだよ?」
「俺が逃げても産むの?」
「産む、私たちが生み出したんだもの。死なせてたまるか」
咲希は強いな。でも今はその真っ直ぐな気持ちが最悪だ。こんな真っ直ぐさに惹かれたはずなのに。邪魔だ。
「俺、産みたくない。堕ろしてほしい」
「ふざけないでよ。なんで?最近の明輝おかしいよ!?」
「ごめん、俺、そんな勇気ない。」
「なんでそんなに怖がっているの?」
咲希が泣いてる姿なんて見たくなかった。
「ごめん」
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