第2話 湊先輩

「夏祭り、一緒に行かない?」

「え?」

「ほら、来月あるじゃん?」

「あぁ、あるね。河川敷のやつか」

「そうそう!ね、いいでしょ?」

「別に家から見ればいいじゃん、人混み嫌いだし。」

「そんなこと言って去年も行ってくれなかったじゃん!」

「普通に去年行かなかったら、今年も行かないだろ。」

「愛ちゃんは櫂くんと行くんだって」

「それは…。」

「どうかしたの?」

「はぁ、わかったよ。一緒に行こう」

「え!ほんと!?ホントだよね!!」

「ほんとほんと」

「やった」

 そうだ。後二年。後二年しかないんだ。もう咲希と夏祭りに行けるのは二回だけ。

「もっと説得するのに時間かかると思ってた。もしかして、機嫌良い?」

 嬉しそうな顔して彼女が話しかけてくる。この笑顔が見れるなら、俺は人混みでも、地獄にでも行くさ。

「咲希とならどこでも行くよ」

「明輝はそうやってすぐに恥ずかしい事言うんだから」

 顔を赤くして伏せる仕草が可愛くて強く抱きしめる。

「もう痛いって、笑」

「絶対に離さない!」

「反撃だ!くらえ!!」

 負けじと俺を強く抱きしめる咲希はやっぱり可愛かった。


『余命二年』


 幸せを感じたとき、すぐに思い出す。現実と後悔。

「なぁ、咲希」

「なに?」

「来年は同じクラスがいいね。」

「そうだね」

「俺さ、バイトしようかな」

「バイト?急にどうしたの?」

「うーん、人生経験かなぁ。」

「じゃぁ、一緒にする?」

「それは夢みたいに幸せだね」

「でしょ?近くのファミレスとかどう?」

「いいね、」

「ねぇ、最近どうしたの?変だよ」

「変じゃないよ。咲希を幸せにしたいって思ったからだよ。」

「人生のパートナーになってくれるってこと?」

「秘密だよ。そういうのはきちんとした場所で俺に言わせて?」

「うん!」

 俺にできること。俺ができること。俺が生きているうちも、死んだ後も咲希が笑っていられるようにすること。




「心臓病です。」

「部活を辞めるのはなんでですか」

「適度な運動でしたら大丈夫なのですが、過度な運動は心臓に負担をかけてしまいます。お父様方とも話し合って辞めさせるべきという決断をいたしました。」

「…」

「一度、詳しく調べるために検査入院をしていただきます。一泊二日になると思います、いつが空いていますか?」

「いつでも」

「そうですか、一九日はどうですか」

「わかりました。」

 優しそうな四十代男性。でも、こいつは病気じゃない。俺の気持ちなんてわかりっこない。いくつかの説明をされて診察は終わった。帰る気になれず院内を歩き回っているとコンビニを見つけた。ラムネを購入して適当な椅子に座って曲を再生する。

「おい、そこどけろよ」

 曲のクライマックス、話しかけられた。背は低く、細くて顔色も悪い。中学生くらいだろうか。

「なんで?」

「そこ、俺の席」

「公共の場なのに専用とかないでしょ。」

「たのむ」

 面倒事は嫌だったので席を譲ることにした。相手は入院患者用の服で点滴をお供につけていた。そんな哀れなやつに席を譲るくらいするさ。

「あ、いや、違う。違うんだ」

 なにか言っているが気にせずバス停に向かった。

「ちょ、おい!!」

「え?」

 バス停に着いたあたりでイヤホンを外すと少し遠くから声が聞こえた。声のした方向をみると先程の少年がいた。

「あの、!」

 なにか言いたげな顔をしている。

「なに?」

「さっきはごめん。確かにお前の言うとおりだ」

「わざわざそれ言うために来たの?」

「嫌だろ?ずっと気に病むなんて。」

「そうだな。」

「なにか奢らせてくれよ」

「なんでだよ」

「いいだろ?」

 裏表のなさそうな純粋で真っ直ぐな笑顔。咲希にそっくりだな。

「年下に奢られるのは気が引ける。」

「なっ!お前、何年?」

「高二だけど…」

「なら安心しろ、俺は高三だ。」

「は?」

「どうした?」

 身長は一五〇センチほど。俺が一七〇前後ということもあってなのかとても小さく見え、到底信じられない。

「なんだよ、失礼なやつだな」

「え?」

「顔に出てんぞ、チビってな」

「すまない、そんなつもりはないんだ。」

「ま、別にいいさ。用がないなら話し相手になってくれよ」

「わかったよ、食堂で昼ごはんでも食べよう。」

「決まりだな」

「ただし、俺のは俺が払う。これは条件だ。」

「頑固者って言われないか?」

「うっせぇよ」

 院内にある食堂に行くと昼時を過ぎていたため人は少なかった。彼はうどんを、俺は生姜焼き定食を頼み席につく。

「そういえば名前は?」

「あき、明るく輝くで明輝だ。」

「いい名前だな」

「君は?」

「みなと、さんずいに奏でるの方の湊な!」

「湊か。」

「俺のほうが歳上なんだから先輩ってつけろよ。」

「なんでだよ」

「あたりまえだろ?」

 俺よりも一年長く生きているはずだが、中学生ぐらいの幼さがある。身長もあるのだろうがやはり性格も子供っぽいな。

「わかったよ、湊先輩」

「明輝はなにか病気なのか?」

「うん、まぁ。湊先輩は?」

「俺はガン。」

「へー」

「まぁ手術で治してみせるけどな」

 そうだよな。なにか勘違いしていた。入院してるからって全員余命宣告されて死が決まってるわけじゃない。

「なに暗い顔してんだよ!」

「俺、一九日あたりに検査入院あるからそのときには仲良くしてよね。」

「かわいい後輩の願いだ!いいだろう。」

「湊先輩は彼女とかいる?」

 しばらくの沈黙が訪れる。しまった、触れてはいけない内容だったか。

「いたよ」

「過去形」

 自分から振っておいて引き下がる方法が分からず、話を広げてしまう。

「半年前に死んだよ。まぁ、最後は隣にいられないからって振られたんだけどね。」

「悲しいな。」

「そうだな。」

「湊先輩はさ、彼女の病を知りたかった?」

 咲希は知りたいのかな。話したら知りたくなかったなんて言われるのかな。もし言ったとしたら受け入れてくれるかな。こんな未熟な俺だけど受け入れてくれるかな。きっと、咲希なら…

「知りたくなかったよ。」

「え、」

「そりゃ、そうだろ。病気とか何も知らずに飯食って勉強して遊んで。そのほうが幸せに決まってる。」

「そっか。そうだよな」

 湊先輩が咲希に少し似ているからなのか、ちょっと咲希に話すのが怖くなった。

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