鏡の中の女の子
中古の戸建てを購入した。
今までは賃貸住まいだったが、念願のマイホームだ。
妻とは二人暮らしで、子どもをつくる予定もなかったため、このまま駅近の賃貸でも良かったのだが、私が以前から広い戸建てに住むことに憧れていたことから、妻が「人生1回きり」と言って購入を勧めてきたのだ。
しかし、予算的には新築は厳しい。
地下鉄沿線で中古物件を探していたところ、手頃な物件が見つかった。
早速、仲介業者と内覧をする。
前の入居者は若い夫婦だったらしい。
2LDKの平屋ではあったが、リビングや居室は広く、老後でも暮らせそうだ。
家は中古とは思えないほど立派だ。
売却にあたり、ところどころリフォームしたのだという。
特に浴室は広く、入居後にこの風呂に入ることを想像するとワクワクした。
私たちはほぼ一目惚れに近い形でこの家を購入した。
引越し当日のことだ。
山ほどの段ボールを仕分けし、今日生活できるだけの荷解きを終わらせたところで作業の手を止める。
あとは急ぎでもないからゆっくりとやろうと、簡単な夕ご飯を食べ、先に妻が風呂に向かった。
洗い物をしていると、風呂場の方から「わっ」と悲鳴が聞こえた。
何があったのかと思い、風呂場に行ってみると、妻が強張った表情でこちらを向いている。
「ごめん、髪洗って顔あげたら人が映ってるように見えて」
引越しで疲れていたのだろうとお互いが笑った。
洗い物を終え、妻が戻ってくるのをテレビを見ながら待っていると、また悲鳴が聞こえた。
直後、「ごめん、なんでもない!」と風呂場から声がする。
髪を乾かし、パジャマを着た妻がリビングに戻ってきたので、「さっきどうしたの」と聞いたところ、「また人のようなものが見えた」のだと言う。
妻は「まあ座敷童子だと思おう」と冗談を言って笑っていたが、1回ならまだしも、2回も同じようなことがあるだろうか。
私の頭に「事故物件」という単語が浮かぶ。
しかし、説明や書類には告知事項はなかったはず。
仮にここに何らかの曰くがあるのであれば説明があるはずだ。
騙されていたのだろうか。
憂鬱な気持ちで自分も風呂場に向かった。
そそくさと風呂に入り、すぐに済ませてしまおうと急いで髪を洗う。
しかし、鏡のことを考えないようにすると、より気になってしまう。
私は鏡の中に何もいないことを確認しようと、薄目を開けた。
鏡の中に女の子がいた。
服を着ておらず、髪もボサボサの女の子。
まるで窓からこちらを覗いているように、女の子は鏡の中からこちらを見ていた。
私は「わっ」と悲鳴をあげ、驚いて目を逸らした。
しかし、不思議と恐怖は湧いてこなかった。
むしろ、「かわいそうだな」と思った。
もう一度鏡を見た時には、その姿はなかった。
それ以来、たまに鏡の中に女の子がいることがあったが、実害がなかったため、妻と私は座敷童子がいるのだと思うようにしていた。
しかし、私はその女の子のことがどうも気になった。
まるで、「助けてほしい」というような表情だった。
もしかしたら、女の子は鏡の向こう側に閉じ込められているのではないか。
直感的に、私は床下に潜り込んだ。
床下は昼間なのに真っ暗だ。
懐中電灯の電源をつける。
間取りをイメージしながら、風呂場のちょうど下の部分を探る。
すると、そこには大きなダンボールが置かれていた。
中身を確認すると、何重にも梱包が施されているようだった。
包みを開け続けると、中にはラップで包まれた複数の重さを持った何かが出てきた。
私は、包みを開けるたびに少しずつ異臭を放つようになっていくそれが何か、勘づいていたのだと思う。
すぐに警察に電話をかける。
「今まで見つけてあげられなくてごめんね」
私は、箱の中の女の子に手を合わせた。
掌編怪談 タカヤマユウスケ @yi417
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