鏡に映る者

念願の戸建て住宅に住むことができた。


予算の関係で、地下鉄沿線の戸建ては諦めていたが、希望していたエリアで築浅かつ手頃な中古物件を見つけることが出来た。

間取りも申し分なく、設備も、前住者が残していった家具もまだまだ新しい。

なぜこのような物件が割安で売っているのか、妻と「事故物件なのかもね」と冗談を言っていたが、担当者に一応確認したところ、告知事項はないということだった。


引越し当日のことだ。

山ほどの段ボールを各部屋に振り分け、とりあえず当分生活できるだけの物の荷解きを終わらせた。

外はオレンジ色に染まっていた、もう夕方だった。

あとは急ぎでもないからゆっくりとやろうと、簡単な夕ご飯を食べ、先に妻が風呂に向かった。


洗い物をしていると、風呂場の方から「わっ」と悲鳴が聞こえた。


何があったのかと思い、風呂場に行ってみると、妻が強張った表情でこちらを向いている。

「ごめん、髪洗って顔あげたら人が映ってるように見えて」

引越しで疲れていたのだろうと笑った。


洗い物を終え、妻が戻ってくるのをテレビを見ながら待っていると、また悲鳴が聞こえた。

直後、「ごめん、なんでもない!」と風呂場から声がする。


髪を乾かし、パジャマを着た妻がリビングに戻ってきたので、「さっきどうしたの」と聞いたところ、「また人のようなものが見えた」のだと言う。

妻は「相当疲れてるんだね」と笑っていたが、1回ならまだしも、2回も同じようなことがあるだろうか。

見間違いではなく、やはりここは事故物件だったのではないか。

そう思い、憂鬱な気持ちで自分も風呂場に向かった。


服を脱ぎ、風呂場に入り、髪の毛を洗う。

鏡に映ったタオルなどの影が人に見えてしまったのではないか。

そう思った、と言うよりそう願った。

顔をあげ、鏡を恐る恐る見る。

鏡の中には自分しか映っていなかった。

安堵した瞬間、鏡の中の自分の真後ろを真っ黒な何かが横切った。

風呂用の椅子に座った自分と同じくらいの背丈の真っ黒な影。

子どものように見えた。

妻の見たものはこれか、と思った。


その人影は大体午後6時から8時の間に現れるようだ。

家中のどこにでも現れるが、見えるのは決まって、鏡の中だった。

しかし、「見える」以外、特にこれと言った害もない。

むしろ、仕事で昇格したり、病気もしなくなったり、運気が上がった気さえする。

座敷童子か何かではないかという結論に至った。


安かった理由はこれか、でも座敷童子がついてくるなんてお得だよね。

そう言って、妻と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る