第4話 夢の中に入る俺

 5限が始まってから帰宅するまで、俺は夢野さんと話さず過ごした。あんな事があったとはいえ、急に距離が縮まる訳がない。こうなるのは当然だろう。


自室に着いてからは、ゲームや宿題をしたりして過ごす。今日は悪夢を見ずに熟睡したいものだ。きっと大丈夫だよな…?


zzzz


 「やっぱり悪夢見るのかよ~!」


洞窟らしきところにいる俺は、転がってくる大岩から逃げながら叫ぶ。昨日の“黒いもやがかかった謎の存在”に比べたらマシだが、それでも気分が悪い事に変わりない。


この通路、走っても走っても同じ光景が続く。暗くて遠くまで見通せないからループしてる? それなら起きるまでの間走り続ければ良いが、事はそう単純ではない。


若干だが、大岩のほうが速いのだ。このままでは轢き殺されるだろう。どこか隙間があれば、そこに入り込むんだが…。


壁を意識しながら走り続けた結果、ちょっとしたくぼみを発見した。そこに飛び込むしかない! 俺はスピードを落とさないように意識しながら飛び込む。


飛び込んだ先にあったのは、大きな剣山けんざんのようなもの。勢いを止められず、俺は串刺しになって…。


zzzz


 「うわぁ~!!」


夜中に関わらず、大声を出してしまった。近所迷惑にならないと良いが…。


夢野さんがそばにいたら、こんな思いをしなくて済むのに…。俺はそう思いながら2度寝を始める。



 翌日。いつも通り登校して自席に着いた後、机に伏せて目を閉じておく。一応2度寝できたものの、熟睡はできていない。眠気は残っているのだ。


……どれだけ時間が経ったかわからないが、背中に一瞬触れられた感触がした。すぐ顔を上げて、正体を確認する。


「あれ? 寝てなかったんだね。…おはよう」


触れたのは夢野さんの手か。夢に入れなかったから、すぐに手を引っ込めたようだ。


「おはよう…」


「眠そうだね~。昨日の夜も悪夢だったの?」


「ああ。昨日言っただろ? 『いつも悪夢を見て寝不足』だって」


「何とかしてあげたいけど…」


「その気持ちだけもらっておくよ」


夜、俺が寝てる時に夢野さんがそばにいるのは不可能だ。諦めるしかない。


夢野さんが俺の隣の席に着いてすぐ、教室の扉が開く。


入ってきたのは…、空川そらかわさんか。マスクしてるがどうしたんだろう? 彼女は夢野さんの元に向かって行く。


「咲夜、私風邪ひいたっぽい」


「大丈夫なの? 保健室行く?」


「本当にヤバくなったらそうする」

空川さんはそう言って、自分の席に向かう。


マスク越しでもわかるぐらい、声が枯れていた。もしかして昨日俺が怒らせたせい? 可能性とはいえ、無関係とは言い切れないよな?


「暗城君。気にし過ぎちゃダメだからね」


「ああ…」


顔に出てたのか、夢野さんに指摘された。励ましてくれるのはありがたいが、簡単に割り切れないぞ…。



 それから朝のホームルームや授業をこなしていくが、空川さんは3限目の途中で月代つきしろさんに付き添われて保健室に行った。彼女も夢野さんの友達の1人で、昨日のやり取りをそばで聴いていたな。


そして3限後の休憩時間に月代さんが教室に戻って来て、夢野さんのところに行く。言うまでもなく、空川さんの件だな。


「状態は落ち着いてるよ。今は薬を飲み終わって寝てるところ」


「そう。良かった…」


盗み聞きする気はないが、隣の席だから聞こえるんだよな…。


「ねぇ暗城君。昨日あたしが君の夢の中で言ったの覚えてる?」

夢野さんは突然俺のほうを見て言った。


「えーと、どれの事だ?」

色々言われたからピンとこない。


「“あたしと一緒に莉央の夢の中に入れば、莉央の事がもっとわかると思う”ってやつ」


「ああ、そんな事聴いたっけ…」


「今から保健室に行こっか。莉央は今寝てるから入れるし」


「ちょっと待ってくれ。俺は空川さんと仲良くないし、夢の中に入って良い許可をもらってないぞ?」


バレたらタダでは済まないのでは?


「良いの良いの、あたしがうまく言っとくから。昨日君に怒った莉央の本音、知りたくない?」


「そりゃ気になるけどさ…」

男が女子の夢の中に入って良いのかよ?


「だったら決まりだね。今すぐ行こう!」


「2人が夢の中に入ってる時は、わたしが見守ってるからね~」


俺は夢野さんに手を引っ張られる形で保健室に向かう。



 保健室に入る俺・夢野さん・月代さんの3人。幸いにも、先生はいないようだ。カーテンが閉まってるところが3か所あるが、空川さんはどこにいる?


「莉央ちゃんはここだよ」

月代さんは小声でそう言って、カーテンを少し開けた。


…空川さんは布団を体の8割ぐらいかけた状態で寝ている。あれ? 制服じゃないぞ?


「制服のままだと寝にくいと思って、体操服に着替えてもらったの」


彼女はそう言った後、近くにある見舞い者用の背もたれのない椅子を、空川さんの近くに2脚用意してくれた。


星羅せいら、準備ありがとう。暗城君は心の準備できた?」


「ああ…」


「あたしが右手で莉央の手を握るから、君はあたしの左手を握ってね」


自分から女子を握る…。さっきは夢野さんから握ってきたから重みが違うぞ。


…夢野さんが空川さんの手を握った。これで彼女は夢の中に入った事になる。


「暗城くん、ファイト!」

そばにいる月代さんに小声で応援された。


ここで引き下がったら情けないよな。頑張らないと!


なるべく優しく夢野さんの左手を握ったところ、意識がなくなっていく…。

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悪夢を見る俺と夢改善士の夢野さんが出会う話 あかせ @red_blanc

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