番外編2(ざまあ回) カール・シュタインの絶望〜元婚約者カール視点
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
今日、両親に告げられた。この家はもうダメなんだと。
どうしてだ。おかしい。
俺は喚いたが両親はただ首を振るだけだった。一ヶ月後にはこの豪勢な家から追い出され、一庶民として再出発するということだった。
「お前は、わがまま一杯に育ってきたから、こたえるだろうが、これでもかなりの温情を受けているのだ」
父はそう言っていたが、俺は到底納得できなかった。
「あんたが、ベルタ王妃とつるんでいたからこうなったんだぞ。俺は関係ない」
バーン
すると、俺はいきなり父からビンタをされた。俺は痛む頬をさすりながら父を見たが、父は怒りをあらわにしてこう言った。
「お前に政治の何がわかるんだ。ただ、贅沢をしてのんきに過ごしていたお前に何がわかる。それに、今回ばかりはお前にも大きな責任があるんだぞ」
「何言ってるんだよ、父さん。俺は関係ないよ」
「今、王太子派が完全に権力を握っている。そして、その王太子殿下と婚約している女性は誰か、愚かなお前でも知っているのだろう?」
「ああ、ユリアか」
俺はあの忌々しいユリアの顔を思い出した。
「ユリアさんは元々、お前の婚約者だったはずだ。お前が勝手に婚約破棄なんてするから、我々の立場がさらに悪化した可能性は十分あるんだぞ」
「いや、だから、俺にはマリアンネがいるから、しょうがなかったんだよ」
「そんなことを言っているんじゃない! いいか、衆前で婚約破棄を言い渡すなんてとんでもないことをしおって。女性にとってこれ以上ない屈辱じゃないか。どれだけ、人を馬鹿にしているんだ」
「いや、婚約破棄の時はユリアも大して気にしていなさそうだったぞ。それに、この間、謝りに行ったら、もう大丈夫だからって言ってたし。それにしてもあの女、俺がわざわざ謝ったのにどうして俺の家を救ってくれなかったんだ。ちくしょう」
バーン
俺はもう一度父からビンタを喰らって、部屋の壁のところまで吹っ飛んでいった。
「いいから、もう一度謝ってこい。誠心誠意にだぞ。手遅れかもしれんが、とにかくやるんだ。いいな」
俺は渋々家を出た。
◇
くそっ
ユリアは泣きつけば、なんでもいうことを聞いてくれる女だったはずなのに……
数日前、王立学校で彼女が一人でいるところをうまく捕まえ、泣きついて実家を救って欲しいと頼んだ。彼女が王太子に話をしてみると言った時、俺はすっかり安心していたのだ。今まで彼女に頼んだことでうまくいかなかったことはなかったからだ。
彼女は人から泣きつかれるとなかなか断れない性格だった。俺はそこをうまく利用して、学校生活をエンジョイしていた。まあ、婚約者なんだからそれくらいしてくれなきゃ困る。
学校の提出物や行事での仕事も全て俺の代わりにやってくれたし、俺が頼めばなんでも手際良く事前に準備してくれていた。
とても便利な女なので、別に婚約破棄するつもりはなかったのだが、ユリアの妹マリアンネが俺に積極的なアプローチするからしょうがなかったのだ。俺は悪くない。俺は彼女の誘惑についつい負けてしまい、マリアンネの告げ口を口実にしてユリアを振ってしまった。
思えばそこから、俺は不運続きになってしまった。
自分で色々とやらなければならなくなったし(マリアンネは手伝ってくれない)、しかも失敗続きで、先生にも怒られてばっかりになった。周囲の評価もガタ落ちだ。最近、マリアンネまでが、昔みたいに優しくなくなった。いつもガミガミ小言ばかり。
それもこれも、全て、ユリアのせいだ。
俺はそもそも婚約破棄なんて一言も言っていない。ただ、勝手に彼女が勘違いして出て行っただけだ。周りも勝手に勘違いして、それで、今日は父に2度もビンタされた。
……そうだ。そういえば、俺、彼女に婚約破棄だって言ってないぞ。
思い出した。俺が婚約破棄を宣言する前に、勘違いして出て行っただけだった。もしかしたら、まだ、婚約は有効なのかもしれない。
そこで、俺は彼女のところに行くことにした。
◇
俺は王太子の別荘につくと、すぐにユリアを呼び出した。
すると、長身の男がこちらにやってきた。
「ユリア様はあなたにはお会いできません」
「どういうことだ」
「殿下に止められていますから」
「少しでもいいから、会うわけにはいかないのか? 話がしたい」
「残念ながら……」
「おい、どうしてダメなんだ。俺は侯爵令息カール・シュタインだ。いくらなんでも礼儀がなっていないんじゃないか?」
「元侯爵令息ですよね。分かってますよ。分かっているから通さないのです」
俺は頭に血が昇って、済ました従者に飛びかかったが、すぐに組み伏せられた。
「チキショウ。従者の分際で、手を出しやがったな」
「あなたはもう単なる庶民に過ぎない。これ以上やると豚箱に送るぞ」
俺は散々締め上げられた後、外に蹴り飛ばされてしまった。
◇
こうなったら、直接会って話をするしかない。
俺は夜になるのを待って、別荘内に忍び込むことにした。窓の明かりがある一室を見つけると中を見た。
そこには、レオンハルト王太子とユリアが二人仲良く寄り添って笑い合っていたのだ。
衝撃的な光景だった。
ユリアは俺に見せたこともないような笑顔をしている。とても幸せそうだった。その笑顔を見ただけで、何か俺は胸が苦しくなってきた。
(くそっ。ユリアの隣には俺がいるべきだったんじゃないのか。あの時、彼女の誤解でこんなことになってしまった。俺は別に彼女のことが嫌いじゃなかったのに。どうしてこんなことになってしまったんだ。どうして)
その時、俺は後頭部に衝撃を感じて意識を失ってしまった。
◇
俺は気がついたら牢屋にぶち込まれていた。うす暗い中、薄っぺらい毛布一式しかない。
(ああ、俺はもうダメだ)
よく考えてみれば、王太子の別荘に勝手に入り込んでいたのだ。もしかしたら、俺は処刑されてしまうかもしれない。とんでもないことになってしまった。俺は恐怖に駆られて叫んだ。
「出してくれ。俺をここから出してくれ!」
俺は鉄格子をつかんでゆすったがびくともしなかった。しばらくすると看守が来てくれたが、俺にムチを一発喰らわしてすぐにいなくなった。
◇
俺は横になったが、床は冷たくて、薄っぺらい敷物だけでは防ぐことができず、あまりの冷たさにとても寝られなかった。
時間だけが過ぎ去り、俺はだんだんと昔のことを思い出してきた。そして、冷静になるにつれ、ユリアのことばかりを考えるようになった。
彼女はいつも献身的に俺に尽くしてくれた。それを俺は当たり前だと思っていた。自分が幸せだった時、彼女はいつもそばにいた。たくさん助けてもらったのに、俺は何一つ返すどころか、彼女に対して酷い仕打ちをしてしまっていたのだ。
あああぁ
俺は激しく床に頭を打ちつけた。
俺はバカだった。どうしようもなくバカだった。そして、それを分かった時にはすでに全ては終わっていたんだ。
俺は久しぶりに泣いた。俺は自分のバカさ加減を思い知ったが、もうそれは取り返しのつかないことだった。ただ、一言、ユリアに謝りたかった。
「ユリア、ああ、ユリア。すまない。本当にすまなかった。せめて一言だけ、一言だけでも謝れたら……」
その時、何かの足音が聞こえた。その方向を見ると、なんとユリアがそこに立っていた。
◇
「カール? 大丈夫」
確かにユリアだった。俺はびっくりして何もしゃべることができなくなっていた。
「これ、毛布。それから、簡単な食事も用意してきたから、よかったら食べて」
俺は無言で、バスケットを受け取り、パンにかじりついた。そういえば朝から何も食べていなかったのだ。
「食べながらでも聞いていて。明日にはあなたは解放されるから。今日は一晩辛抱してね」
「俺は助かるのか? 死刑にならないのか?」
「死刑になるわけないじゃない。まあ、不法侵入は良くないけど」
助かったのか、明日には出られるのか。俺はまた目頭が熱くなった。こんな惨めな俺を助けてくれる。俺はその優しさがとても身に染みた。
「そうそう、私の力ではあなたの実家は助けられなかったの。ごめんなさい。レオンハルト殿下はどうしても許してくれなかった。それで、なんとか私の実家に掛け合って、ローレンツ家に婿養子としてあなたを引き取ってもらうようにしたわ。マリアンネは渋っていたけど、子供もできちゃったしね。あなたが改心するならいいって父も言っていたわ」
「本当か、それは。俺は無一文で放り出されるんじゃないのか」
ユリアはゆっくりうなずいた。ああ、なんてありがたいんだ。俺は感激のあまり胸が熱くなった。
「それから、あなたに謝りたいことがあるの」
俺はびっくりして彼女の方を見た。謝るのは俺の方、と言おうとしたが、彼女は話を続けた。
「私、実は少し未来を見ることができるの」
俺は少し驚いたが、そういえば思い当たることがしばしばあった。それに、婚約破棄の時も俺が言い出す前に彼女はそれを口にしていた。
「だから、簡単に諦める癖がついてしまっていて、それで、すぐに婚約破棄も受け入れてしまった。本当はちゃんとあなたと向き合って、あなたの気持ちもきちんと確認して冷静に決めるべきだったのに。ごめんなさい」
「謝るのは俺のほうだ。本当にすまなかった。許してくれ」
彼女は静かに首を振った。
「でも、私には大切な人ができた。未来を恐れてもしょうがない。一緒に未来を作っていこうって、言ってくれる人がいた。だから、今度は絶対に間違わない。カール、そのことに気づかせてくれてありがとう」
そして彼女は左手の薬指の
「だから、あなたもマリアンネと幸せになってね。またいつか家族一緒に集まりましょう」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ、ユリア。俺と、俺ともう一度……」
言いかけた時、さっとユリアの肩を抱く、美丈夫が現れた。
「ユリア、もう行くぞ。こんなところに長居するんじゃない」
レオンハルト王太子だった。その深い紺色の切長の目はいつものようなクールな様子ではなく、嫉妬の炎でギラギラしている。彼は少し強引にユリアを俺から引き離し、見せつけるかのようにユリアを強く抱き寄せてこう言った。
「もうこれ以上彼女に近づくな。これは警告だ」
そう言ってレオンハルトは少し戸惑っているユリアを連れて去っていった。
——そして、俺は呆然として暗い監獄の中、朝になるまで一人立ち尽くしていた。
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婚約破棄された侯爵令嬢は、少し先の未来を知っている 津雲 奏 @99_kanade
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