第7話 人生

「あの木を起きているとき見ても、寝ているとき見ても同じだ。枝分かれは、どの方向から見ても同じように伸びているフラクタルだ。雲を単純な曲線で描いてしまうが、実際は自己相似構造が際限なく繰り返されている。あの雲の一部を拡大し続けて何処まで行っても、直線にはならないで複雑な曲線の相似形になっている。


 そうすると、子孫を残す事も、まさに自己相似形が際限なく続くフラクタルじゃないかと思う。また、毎日の仕事もそれほど変わらない相似形で定年まで続くフラクタルな人生なのだろう」

 と、広司は弾んで話し続けた。



「人間の一生は限りあるもの。それを分解してみると、乳児期・幼児期・学童期・成年期・壮年期・熟年期そして老年期と確かに違いのある様々な形があるだろう。しかし、その期毎の日々をみてみると、一年単位・四季単位・一ヶ月単位・あるいは一週間単位での繰り返しの変化しか見て取れない。そして、毎日の生活もフラクタルだ。その日々は、ある意味で朝・昼・晩の同じ繰り返しだ。その日々の繰り返しが、フラクタルな一生を形作るっている。


 人生を思い返せば様々な出来事がある。それを線で表したならば複雑なものになるだろう。それは、リアス式海岸のようなものになるかもしれない。そして、それを細分化していっても、その中で様々に複雑だろう。何処まで細分化しても限りなく複雑な意味合いを持っている。限りなく複雑な人生がそこにある。しかし、その日々を見ると類似した生活がフラクタルに営まれている。


 自信なく生活をおくれば、そのフラクタルはやはり自信喪失へ向かうだけ。それが、希望に満ちた生活を送る事ができれば、そのフラクタルはいつしか花咲く事だろう。コッホ曲線のフラクタル次元は、1.26‥‥となり整数でない次元だという。一体、人間のフラクタル次元はいくつなのか。フラクタル次元が大きいほど複雑に見えるというから、人間のフラクタル次元も大きいだろう。人生は、0から始まって0で終わるが、その人生は色々複雑な曲線を描き、その描かれたフラクタルな曲線がその人の芸術作品として残る」

と、広司は夢も芽生え始めていた。



「自分だけは違うと言っても駄目だ。個人のフラクタルが世の中だから、その世の中を作っている個人以上のものを求めても無理という事だ。個人が変わらなければ世の中も変わらない訳だ。国民以上の国家は望めないというが、それがまさにフラクタルな考えだ。だから、自分自身がどう変わり、フラクタルに世の中がどう変わるかだという事だ。

 人生もフラクタル理論の有限領域に無限大の長さがあるように複雑だから、将来は様々な事が起こるよ。現在がその将来をフラクタルに決めると思うから、情熱を込めて頑張るしかない」

と言い、一段と悩みの解決を確信した。



 それから、広司は二ヶ月ぶりに麻美に電話して、入院を知らせた。麻美は、早速見舞いに来た。

「入院中に木に教えられた。人生についてね」


「ええっ、何を教えられたの」


「『人生もフラクタル』って言う事をね」

 と、また老婆の言葉を思い浮かべながら麻美にも話した。


「俺がフラクタルなら、俺を取り巻く全体がフラクタルだ。地域社会も日本も世界も宇宙も俺の相似形という事になる。いくらちっぽけな存在があっても、宇宙をその相似形として創造していると考えたら、自然界に住むそれぞれの存在理由が帯びてくる。

 フラクタルな人生を考えると、胸のつかえが取れたよ。ここまで考えないと生きて行けないのかと言われそうだな」

と言って、麻美に笑いかけた。


「そんな事ないわ。考えても考えなくても、いかに自分の心を納得させられるかと言う事は大事よ。

 私も広司に妥協していると言われて、気付かないままに分かったような事を言っていたと思ったわ。

 本当に良かった。広司が、悩みに押し潰されないで」


「長いこと心配かけて、御免」

と言った。広司と麻美は将来を語り始めていた。


 彼の入院は、二週間もかかってしまった。彼は退院後、アルバイト先と同じ自動車メーカーの技術部に就職が決まった。



 彼が、フリーターを辞めて定職に就くと小母さんに告げてから、小母さんは会社を辞めた。

 広司は、母に小母さんの事を話した。すると、母の祖母が神田麗子と同姓同名だという。広司の曾祖母の写真を見せられて、彼は愕然とした。全く生き写しだったからだ。母と同じぐらいの年齢の写真がパートの小母さんと似ていて、他界する少し前の写真があのバックミラーの老婆に似ていたのだった。



 広司は、これこそがフラクタル理論を応用した二画面テレビの入れ子構造現象で、この世という大画面にあの世という小画面を写し出したのだと思わずにはいられなかった。また、あの世の大画面にこの世の小画面が映し出され、曾祖母が広司の苦悩をみかねて思わず現世に出て来てしまったと思えた。そして、広司に『人生もフラクタル』という事を教えて広司の苦悩を消し去り、曾祖母も広司の前から消えて行ったと、しみじみと考える広司だった。あれから、広司は居眠りの時の小画面を見なくなった。

 かくして、人間の現在がある限り、過去も未来もあり続けるのだった。

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人生もフラクタル 本条想子 @s3u8k

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