第30話 ド変態がいい


 不思議な感覚だった。


 まるで海にゆっくりと沈んでいくような、そんな気分。

 手を動かそうにも反応せず、無抵抗のまま落ちていく。

 時折頭上からわずかな光が降り注ぐも、すぐに光を失い真っ暗になる。


 俺は一体、何をしているんだろう。


 どうして俺がこの状況に陥っているのか分からない。

 というより、俺が存在しているという自我だけがあって、他の情報はすべて水の中に解けてしまったみたいに思い出せなかった。


 ただひたすらに、底の見えない海に沈んでいく。

 ポコポコと気泡が上に上がっていき、水面に消えていった。

 

 なぜだろう。この空間を少し心地いいとさえ思ってしまう。

 このままずっと、重力に身を任せて……。



 ――



 再び真っ暗闇に一筋の光が差し込む。

 そしてほんのり温かな感触が俺の左手に感じられた。


 なんだこれは。なんなんだこれは。

 

 次第に光が強くなり、辺りが輝くような白に包まれていく。

 左手の感触も次第に鮮明になっていって、俺の手のひらを少し強めに握られた。


 ――俺はこの温もりを知っている。


 あれは何でもない放課後の、夕陽が差し込むあの部屋で。

 規則的な寝息が俺の耳をそっと撫で、頬を夕焼けみたいにオレンジ色に染めた――の手を握っていたあの時間。


 そうか、そうだったのか。


 俺はあの時から、彼女のことを――





     ◇ ◇ ◇





「ん、ん……」

 

 突然、瞼の隙間から薄っすらとオレンジ色の光が差し込む。

 ゆっくりと、未踏の地に足を踏み入れるように瞼を上げると随分とぼやけた視界が広がっていた。


 何度か瞬きをし、やがてピントが合う。

 ゆっくりと体を起こそうとすると、腹部がピリッと痛んだ。


 諦めて枕に頭を預け、そこでようやく左手に繋がれた柔らかな手の存在に気が付いた。


「あ、れ……?」


 手を辿っていくと、椅子に座ってすぅーと寝息を立てる少女の姿があった。


「明日実?」


 俺が声をかけると、初めは無反応だったがピクリと指先が動き、顔を上げて徐々に目を開く。

 数秒俺の方を見て固まったあと、ぶわっと目から涙が溢れた。


「九重さんッ!!!」


 明日実が構わず俺の懐に飛び込んでくる。


「うおっ⁉ あ、明日実痛い痛い! 傷口がーッ!!」


「九重さん九重さん!」


 俺を強く抱きしめながら、頬を体にこすりつけてくる。

 めちゃくちゃ傷口が痛い……けど、それよりも嬉しい。


「やっと私の元に帰ってきてくれたんですね! 一時は帰ってこないんじゃないかって、凄く心配してたんですよ!」


「ごめんごめん、俺も早く起きれたらよかったんだけど……って、俺どれくらい寝てた?」


「三日もですよ! 九重さんと三日も会えなかったんですからね!」


「でも、お見舞いには来てくれたんだろ?」


「寝てるんですから、会ったに入らないです!」


「あはは……まぁそうか」


 明日実が俺の顔を見ようと、俺の首に回していた腕を解く。


「でも、良かったです。九重さんが無事で……ほんとに」


「心配かけてごめんな、明日実。でも、俺もよかったよ。明日実が無事みたいだからさ」


「それはもう、九重さんのおかげですよ。九重さんがいてくれたから、私は……」


 明日実が頬をほんのりと赤く染め、俺のことをじっと見る。

 

「明日実、一秒でも早く言いたいから、言わせてくれ」


「え?」


 俺は明日実の目を捕らえると、自然に口から零れるように、抱えていた思いを放り投げた。




「好きだ、明日実」





「っ……!」


 明日実が手で口を抑える。


「明日実に奴隷宣言されてから、まさかこんなことになるなんて思ってもなかったけどさ、俺明日実のことが好きだ。一生に誓って守りたいって思うほど、明日実が好きだ」


「……私もです。私も、九重さんが好きです。それはもちろん、九重さんに恋しているという意味での好きです。ほんとに、好きです」


 見つめ合い、今度はお互いの意思で抱擁を交わす。


 触れた先から溢れ出す、幸せの泡。

 それが俺たちを包み込み、二人で同じ幸せを感じていた。


 合図なんてないけれど、口裏を合わせたみたいに離れて、視線を交わして。

 俺たちはゆっくりと、出会ってからの時間を噛みしめるように、唇を重ねた。


 相手に想いの強さが伝わるように、そっと優しく。





     ◇ ◇ ◇





 あれから一か月が経った。


 痛々しい傷跡が俺の腹に残ってはいるものの、無事退院し日常生活に復帰している。

 どうやら刺しどころがよかったようで、臓器をあまり傷つけずに済んだらしい。

 

 神様はやっぱり、いい奴の味方だな。


 そして、今回の事件を起こした月島とその一味はもちろん警察に身柄を確保された。

 しかるべき処分を受け、月島も晴れて前科持ちになり、文字通りすべてを失った。


 今は見違えるほどに生気が宿っていないらしい。

 まぁ、俺の知ったことではない。


 そして、俺を刺した愛花は現在裁判中で、保護処分に留まらず求刑を言い渡される可能性が高いと弁護士の人が言っていた。

 幼馴染なのだが、もはや何の感情も湧かない。二人のことを考えるだけで、俺の人生の損失になる。ならば現在と、未来を考えた方がいい。


 ――というわけで、現在のことについて考えたいのだが。


「ふふっ、ねぇねぇ九重さん。まだ時間ありますよ?」


「時間ないから! あと十分で家出ないとヤバいから!」


「えぇん、でもぉ……」


 俺の部屋のベッドの上で、一糸まとわぬ姿で横たわる明日実。

 誘うように唇に指をあて、俺をじっとりと見ている。


「昨日の夜のこと忘れたのかよ! もう空だっての!」


「いえいえ、まだまだいけますって」


「何を根拠に言ってんだ⁉」


 このド変態、あのキスから完全に理性を失い、俺の全てを吸い取るかのようにむさぼりついている。

 何だったら入院中の病院でも……うん、これはやめておこう。


「ほら、早く準備しろ明日実!」


「ぶぅー、しょうがないですね」


 不満げに唇を尖らせながら、ふわぁーと伸びをしてベッドから抜け出す。


「ほら、制服着て! あと、鞄も――」




 ――ちゅっ。




 隙ありと言わんばかりの不敵の笑みを浮かべ、部屋を出ていく明日実。


「顔洗ってきますね、ダーリンっ♡」


 明日実の言葉に数秒固まった後、俺ははぁと息を吐いた。


「ったく、困った奴だな、明日実は」


 呟いて、俺も一階に降りた。

 

 

 本当に、明日実は困った奴だ。

 自分の欲望に忠実だし、俺のことなんて構わずに感情をぶつけてくる。


 ……でも、そこがいいと思うように俺はなっていて。


 もしかしたら俺も、明日実に影響を受けているんじゃないかなと思いつつも、それが少し嬉しいと思ってしまう。



 ほんと、俺の彼女はド変態で、でもそこが最高に可愛い。

 


                        完



――――あとがき――――


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!


この作品を通してたくさんのド変態に出会えて、最高に楽しかったです。

みんなも二人に負けないようにぜひ、これからもド変態道を究めてください!


では、またいつかここで!


本町かまくら

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幼馴染を寝取られ全校生徒から嫌われた俺、なぜかド変態な美少女転校生に身も心も捧げたいと隷属を志願されている 本町かまくら @mutukiiiti14

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