第27話 チビちゃんを連れて

さちさんの術後の経過は良く、

先生と私は東京に戻る。


「へばね〜!」


いつもの笑顔で見送ってくださるその姿に、

私も先生も笑顔で返した。


けれど先生は

どことなく寂しそう。


私にはその気持ちがよくわかる。


遠くからでも見守ってくれて、

何があっても味方になってくれる。

そんな人達と離れる時は、

毎回こんな風に

どうしようもない寂しさに襲われる。


最後に

院内から見える岩木山を見て、

先生は立ち止まった。


「もうすぐ真っ白になるぞ」


「へぇ〜」


「この辺りはこれから春まで雪に埋もれるんだ」


「想像もつかないです。そう言えば夏に行った酸ヶ湯すかゆ温泉もすごく積もるって聞きました」


「あそこは特別だ」


「でも、また行きたいなぁ」


「次はいつ来れるか…」


「そしたら冬休みにまた来ませんか?」


「バカ。冬はお前の実家だろ」


「え…先生が実家うちにいらっしゃるんですか!?」


「当然だ。結婚すんだから、ご家族にご挨拶とか…そういうのすんだろ普通」


「でしたらその時は私がご案内します!」


「あぁ。だからこっちは春か、また夏の休暇だな」


「それなら春と夏、両方来ませんか?弘前城の桜も見たいですし、ねぶた祭りもまた見たいです!」


「欲張りな奴だな」


「いいんですよ、欲張りで!幸せになる為には貪欲どんよくにならないと!」


そんな話をしていると、

背後から威勢の良い声が聞こえてくる。

桜井先生だ。


「おっ、お2人さん!こんなとごでデートが〜?」


「桜井先生!」


「今からご挨拶に伺おうと思っていたのですが…」


「ご挨拶?そっだごと気にすでねぇ!それより手塚君!またいつか一緒に仕事しでぇなぁ!」


「はい。こちらこそ、ぜひまた」


「すたっきゃ、こっぢに移ってごねが?君くれぇ優秀な医者だば、いづでも歓迎なんだが」


「それは…」


「え…まさか桜井先生、手塚先生を引き抜くおつもりですか!?」


「バレだが?まぁ、半分冗談、あとの半分は本気だ」


「い、嫌です!私…先生と離れるなんて…考えられません!」


「バカ……」


桜井先生のことを手塚先生が慕っていることは

よくわかっていたから、

本当にそうなるんじゃないかと

動揺してしまう。


すると桜井先生はおどけた顔で


「あ〜!何?2人は公私ともにペアが?」


「まぁ……否定はしません」


「はい!お察しの通りです!なのでお願いします!先生と私を引き離さないでください!」


そう頼み込むと、

桜井先生はニカっと笑い

真っ白な歯を見せた。


「白石さん、あんたは正直でめごぇなぁ!こら手塚くんも可愛いぐてしがたねべ〜?」


「いや…そんな事は…」


「よす!わがっだ!したらば2人とも引き抜けねぇが交渉してみっがら!へばな〜!」


豪快に笑いながら立ち去る桜井先生。

その背中に深々と頭を下げ

病院をあとにした。


夏に青森を出発した時、

静かに涙を流していた先生。


今回も空港に着くと、

寂しそうに外を見つめている。


その隣で同じ景色を眺めていると

先生は言う。


「お前、前に言ったよな?」


「何をです?」


「後ろ向きだっていいじゃないかって」


「はい。言いましたけど…」


「あれ聞いた時、妙に納得した」


「そうですか?でも先生、あの時は確か、私にひねくれてるって…」


「あぁ。そうも思ったが、取ってつけたような、どんな言葉より響いた」


「もしかして…私と結婚しようと思ってくださった理由はそれでしたか?」


「まぁ…それもある」


「え…、もっと他にもいいところありませんでしたか?」


「は?」


「例えば可愛いとか…、一生懸命とか…、普通そういうこと言いませんか?」


「お前まさか…自分の事を可愛くて一生懸命な女の子とか思ってんのか?」


「そうじゃないです!そうじゃないけど!先生にはそう思ってもらいたくて…それなりに頑張ってたのに…」


「バカ!そういうのはいちいち口に出して伝えるもんじゃない!」


「言ってもらわなきゃわかりませんよぉ!」


「はぁ…?」


私と先生は

お互いの過去も現在も、

全て受け入れながら一緒に前を向き、

時には振り返って、

それでも未来へ進んでゆく。


カッコいい時も、

そうじゃない時も、

どんな先生も大好きだから。


私の前だけでも

重たいよろいを脱いでほしい。

そしてその時は私も、

同じようによろいを脱ぐから。



年が明け

弘前城の桜が満開を迎えた頃、

私達は入籍した。


さちさんもお元気になられ、

夏休みに再び遊びに行くと、今度は


「おめ達の子供さ見るまで死ねね!」

と宣言された。


実はその頃、私達に子供が授かり、

その翌春、私は元気な赤ちゃんを出産した。


先生によく似た男の子で、

もしかすると本当に

私達のもとへ来てくれたのではと、

思わざるをえなかった。


だってどんなにぐずっても、

あの『ねぶたばやし』を聞かせると

不思議と泣き止んでしまう子だから。


だからきっと、

そうに違いないと私は信じている。


3人の暮らしに慣れてきた頃、

また、ねぶたの季節が巡ってくる。


「せんせ?チビちゃん本当に飛行機大丈夫かなぁ」


「大丈夫だ。誰の子だと思ってんだ!」


「先生と私の子ですよ」


「だったら飛行機くらいでぐずるわけがない!」


「ですよね!そしたらチビちゃんと初青森旅行!いざ出陣!」


「張り切り過ぎだ!」



いつまでもこんな風に過ごせたらいいな。

そしたらきっと、

祭りのあとの余韻さえも、

穏やかに賑やかに

笑って楽しめるはずだから。

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