第26話 爺ちゃんの仕業

オペの説明をする為に、

今夜は婆ちゃん家に泊まる。


身内は皆、

婆ちゃんのオペが無事に終わった事で、

ほっとして力が抜けたのか

早々に離れの家に帰っていき、

俺と白石は2人きりになった。


婆ちゃんがいないこの家は、

寂寥感せきりょうかんを感じざるをえない空気だったが、


どういうわけか

白石がいるだけで場が和み、

こういう時に感じるのは

コイツがいて良かった

という思いだけだ。


だがこんなにぎやかな奴でも

「秋になると寂しい」と言う。


わからなくもない。


日が短くなり

草木が枯れてゆく様や、

日に日に西日が長くなり、

そのせいか日中は

まどろんだ空気になる。


あれだけうるさいと感じていた

蝉の鳴き声がいつの間にかしなくなり、


鈴虫やコオロギが鳴く秋の夜長に、

自分だけが取り残された気分になる。


去年までは確かにそう感じていた。

だが今年は違う。


季節の移ろいを共に過ごす相手がいるから、

寂しさなど感じる事はない。


むしろ新しい季節を

2人で迎える事が楽しみで、

秋になったらどこに行こうとか、

何を食おうと話しては、

少し先の未来に

待ち遠しささえ感じている。


幸せとは、

こんな些細なことなのかもしれない。


そんな風に

物思いにふける俺をよそに、

を探しに庭に出て、

柿の木の裏やえんの下を覗き込んでいる。


それを止めようとすると、

「母性がわいた」などと

またバカな事を言いだして、

実際にはいるはずもない幻を信じている。


今までならほったらかしていた事も、

放っておけず

一緒になってバカに付き合い、


俺なりの解釈で

その謎を解いてやった。


「俺達の子供になって、そのうち出てくんだろ」


あのガキは

あの頃の俺そのものであり、

心の中に隠れていたもう1人の自分だ。


大切な思い出と大切にしたい人を

はっきりさせる為に現れた、

俺の心に棲む

座敷わらしだったのだと今は思う。


だから俺達が上手くいき、

幸せになっていく事で現れなくなった幻で、


そんな幻に母性がわいたなどと

無邪気に言う彼女に

どうしようもない愛おしさを覚える。


庭先で抱き寄せ

そのまま寝室に連れて行き、

今夜は一組しか敷いていない布団に

2人で包まった。


思い出が詰まったこの屋敷で、

最愛の人と1つになろうとしている。


「せんせ、待って…」


「待たない」


付き合いだしてから

いくつもの夜を共にしてきたが、

何度も邪魔が入り、

なかなか前に進めず地団駄を踏んでいた。


だが今夜は

何者にも邪魔されず、

静まり返る広い屋敷の一室で

吐息が交わり、耳元で愛を囁き合う。


途中まではこれまでもあったが、

その先へ進むのは初めてで、


ギュッと瞑る瞼に口付け、

耳を撫で鼻を擦りつけ、

素肌で抱き合った。


肌寒い季節だからこそ、

余計にこの温もりが心地よく、

互いにしがみつくように重なり合い、

揺れ動きながら

愛の深みに落ちていく。


両手を握り、

痛みや緊張をほぐすように

口付け合っては絡み合う。


そうして絶頂が近づいてきた頃、

彼女が身をよじらせ言う。


「せんせ…、やっぱりこういうの…いけないですよ」


「いけない?何が」


「このおうちで…こういう事しちゃ…ダメ…」


だがそれが余計に拍車をかけ、

俺の理性を完全に狂わせた。


「いいから黙ってろ…」


「あっ…、せんせ……」


「菜穂子……」




この夜、

果てたまま眠った俺達の間に、

「あの子が一緒に眠っていた」と

翌朝、嬉しそうに言っていた。


またバカな事を言ってと呆れながらも、

その頭を撫でてやった。


弘前の病院へ向かうため、

朝食をいただいてから

修君が運転する車に乗り込む。


リンゴの収穫で今朝は同行できないと言う

賢也おじさんと君子おばさんは

母屋の外で見送りをしてくれた。


「またいつでも遊びさ来い」


「日取りが決まっだら連絡しでね?」


君子おばさんは、

婆ちゃんと同じように

新聞紙に包んだおにぎりを渡してきた。


それを受け取り

礼をして出発する。


車が走り出し、

おもむろに屋敷を振り返ると、

爺ちゃんと

こちらに手を振っていた。


「……!」


いや…これも幻覚なのだろうが、

白石も一緒に振り返っているが、

どうやらコイツには見えていない。


「今度はいつ来れますかね〜?早くまた来たいな〜」


動揺している俺をよそに

3人は平然と話している。


「冬はやべーぞ?こごらは雪が3mは積もっがんね!」


「自慢するごどじゃねべ!んだども冬もいじゃ〜!あっ、でも結婚決まっだら、しばらぐは忙しよな〜?」


「う〜ん…そうですね〜」


そんなやり取りを聞きながら、

俺は一瞬見えた爺ちゃんが、

寂しそうに手を振るアイツの手を握っていた事に

なぜか微笑んでしまった。


あとで婆ちゃんにだけこっそり

この事を打ち明けると、

笑いながらこう答えた。


「そいは、ぜんぶ爺っちゃの仕業だな!」


「爺ちゃんが?何で…」


「そいだけ、大樹くんの幸せを願っでんだべな」

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