第25話 津軽のリンゴ

「結婚しないか」


唐突にそう言われ、

これも夢なのではと、

信じられない気持ちのまま朝を迎えた。


けれど気持ちを切り替え

オペの介助に入る。


いつもと違う環境にやや緊張しながらも、

桜井先生と手塚先生の

息の合ったコンビネーションに

感動すらしてしまった。


オペが無事に終わると、

先生は1人

病室でさちさんが目覚めるのを待った。


私はそこに入ることはせず、

ただその帰りを待っていた。



「悪い。待たせたな」


「いえ、さちさん大丈夫でしたか?」


「あぁ、問題ない。とりあえず出よう」


明日まで経過を見ることになっていて、

今日はご家族への説明も兼ね、

ホテルではなく津島家に泊まる。


久しぶりに訪れる津島家は、

お婆さんがいないだけで

なんだか寂しく感じた。


けれど賑やかな雰囲気は、

あの時と変わっていない。


夕食を囲みながら

皆さんで私達を労ってくださった。


「2人ども、つかいたべ〜?(疲れたべでしょ)、ゆっぐり休んで〜?」


「おかげでようやぐ安心できる!ありがとね〜」


「いえ。こちらこそ、お役にたてて良かったです」


そして典子さんが

こんなことも言ってくださった。


「しかす2人ども、白衣とナース服着てっど誰だがわがんねなぁ!カッコいがっだ〜」


それに対して

修さんがニヤけ顔で


「あんな格好で職場恋愛すでんだべ?羨ますな〜」


と言ってきたが、

秒で典子さんが打ちのめした。


「変なごど考えんな!鼻膨らましで!気持ち悪ぃ!」


「え?え?皆んな思っでだぐせによぉ〜!俺だけじゃね〜べ!ひでぇな〜」


「ワハハハ!」


時々こんな風に冷やかされながら、

採れたてのリンゴを剥いていただき、

早速いただいた。


瑞々しく蜜がたっぷり入った津軽のリンゴは、

どれを食べても美味しい。


「やっぱり、本場は違いますね」


「んだべ〜?この皮のベタベタは、農薬でねぐで、リンゴ自身から出るもんだがんね?んだがら、皮ごと食っで大丈夫!」


「そんだ!リンゴが自分自身の鮮度を守るために、自らをコーティングしでんだ」


「へぇ〜!」


リンゴ農家ならではのお話を聞きながら、

久しぶりに訪れたこのお屋敷で

賑やかに過ごし、

夜は先生と2人きりになった。


先生は夕食を

外で食べたかったかったらしいけど、


私達が婚約した事を

さちさんが皆さんに話してしまったらしく、

その話題で持ちきりになり、

結局それは叶わなかった。


「悪かったな」


「いえ。やっぱりここに来たら、皆さんとワイワイしてた方がいいですよ!」


「まぁ…それもそうだが…」


「それより、おっかしいな〜。いないなぁ…」


夜は涼しいというより、

寒いくらいの気温になった。


それでも私は外に出て、

庭にある大きな柿の木の裏まで見に行き、

を探す。


「お〜い!出ておいで〜!私だよ〜?」


先生はそんな私を

縁側の上から眺めている。


「何やってんだ」


「チビちゃんを探してます」


「バカ!アレは幻覚だ!」


「私もそう思ってたんですけど、あんな風に懐かれたら…なんか母性がわいちゃって(笑)」


縁の下を覗き込んでいると

先生も来て一緒になって探してくれる。


「出てくんなら早くしろ!俺はもう眠いんだ!」


「アハハ!先生にも見えてたんですか?」


「そんなわけないだろ。未来の奥さんがバカなことやってるから、付き合ってやってるだけだ!」


「なんかひどぉ!(笑)」


本当は嬉しかった。



先生からそんな風に言われる日が来るなんて、

思いもしなかった。


肩を抱かれ

立ち上がるように引っ張られ、

枝葉が音を立てる庭で向かい合う。


「そろそろ入るぞ。風邪ひく」


「でもまだチビちゃんが…」


「アイツはそのうちまた現れる」


「どうしてわかるんですか?」


先生は全てわかっているかのように

目尻にシワを寄せて笑う。


私はその理由が知りたくて、

「どうして」

と繰り返し先生を困らせる。


そんな私を黙らせるように

勢いよく口付けてきた先生は、

私を抱き寄せてその謎を解く。


「俺達の子供になって、そのうち出てくんだろ」


「……!?」


そんな事があるのかと驚いていると、

私を溶かすように

耳や首元に優しく唇を這わせ

「寝よう」と囁いてくるから


酔わされるまま

寝室に導かれた。


「せんせ、待って…」


「待たない」


他に誰もいないこの家で

今夜、私は先生と…

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