第24話 弘前の夜

弘前に来て

オペを控えた婆ちゃんの顔を見たら、

こちらの方が元気づけられた気がして、

なんだかもどかしかった。


以前と変わらぬ

何があっても動じない

凛としたその佇まいは、


本当は不安なはずなのに、

俺達に悟られまいと

無理をしているようにも見えた。


そんな婆ちゃんが

心の底から楽しみにしているという

俺達の将来。


いつかそうなるだろうと、

夏にこっちに来た時から

ぼんやり思っていたのだが、


婆ちゃんと白石のやり取りを眺めていたら、

今がその時だと、

自分の中のもう1人の自分が

背中を押した。


「結婚しないか」


「結婚って…」


「嫌か?」


「そ、そんな…嫌なわけないですよ!」


「だったら、そうしないか?」


「はい…」


諸手もろてを挙げて喜ぶのかと思っていたら

何か悩み始めている。


「何が引っかかってんだ」


「引っかかっているというか…その…」


「いいから言え」


「もし…さちさんの為に私と結婚しようって思ってくださったのなら、先生いつか…絶対に後悔すると思うんです。だから…」


「バカ!!」


「どうせ私はバカですよ…!」


「確かに、婆ちゃんを喜ばせたい、安心させたいっていう思いもある。でもそれだけでこんなこと言うわけないだろ?」


「そうですけど……」


「この前こっち来た時、お前となら一緒に生きていけるって…そう思った」


ひとけのない弘前城の前で、

こんな大事な話を立ち話でしてしまった事に

今さらながら後悔している。


だが白石は、

目を逸らさずに俺を見つめ、

静かに頷いてくれた。


「何か言えよ」


「言えません。感極まっちゃって…」


「バカ…」


いつもは必要以上に口ごたえしてくるのに、

こんな時に

コクンと頷くだけで固まっている。


再びゆっくり歩きだすと、

俺の腕にしがみつき

鼻をすすりだす。


寒くて震えているのか

泣いているのかよくわからないから、


その肩にコートをかけてやり

城の堀に沿って進んだ。


カエデが赤く色付き、

桜や銀杏の紅葉が

水面みなもに映し出されていた。


夜の闇の中でも

全ての景色が輝いて見えるのは、

きっと今が

これまでの人生で1番幸せだと、

そう感じているから。


「素敵な街ですね」


「あぁ…そうだな」


城の近くにある

古い教会の前で立ち止まり、

その建物を並んで見つめた。


大した会話はしていないのに、

同じ景色を見て

同じ気持ちでいる事がわかる。


明治以降、

学問に力を入れたこの街には、

当時、外国人教師が多く招かれ、

西洋文化が広まった。


その名残で教会などの洋館が今でも残り、

城下町ながら

モダンな街並みが作られた。


将来を約束した特別な夜。


出張とはいえ

何か美味いものでも食わせようと思ったのだが、

一応、何が食いたいか聞くと、


「らーめん食べたいです!」


「は?この辺はけっこう洒落た洋食屋とかあるんだぞ」


「いえ、ラーメンがいいです!寒いですし!」


何度聞いてもラーメンの一点張りで、

仕方がないから言うことを聞いてやり、

この街の名物でもある

「煮干しラーメン」を食べ、

ホテルに入った。


「あ〜、美味しかった〜!ご馳走様でした!」


「明日はもっと美味いもん食わせてやる」


「本当ですか!?やった〜!」


今回は仕事で来ているから、

それぞれ別の部屋の鍵を受け取る。


それに明日はオペだから、

今夜は別々に…

と思っていたのだが

つい引き止めてしまい、


「こっち来んだろ?」


「いえ、今日はご遠慮いたします!」


「何で……」


「だって、仕事とプライベートはしっかり分けたいって先生がおっしゃったんですよ?なので今夜はこれで失礼します!」


そう言って

あっさり自分の部屋に入っていった。


「今はプライベートだろ…」


やや不満に思いながら、

今夜は仕方がないと1人で眠りにつく。


だがそれでも満たされていたのは、

アイツと将来を約束したから。


近くにいるのに離れて過ごす弘前の夜。


シャワーから出ると

いつも通りLINEが届いていた。


『おやすみなさい♡』


『おやすみ』



翌日

婆ちゃんのオペが始まった


婆ちゃんはオペ室に入る前、

俺達に笑顔でこう言った。


「へばね〜」


桜井先生主導のもと

無事にオペは終わった。


身内だからと言って

ブレるわけにはいかず、

いつも通り冷静に、

細心の注意をはらいながら最善を尽くした。


オペ室から出ると

賢也おじさん、君子おばさん、

典子姉ちゃん、修君が待っていて、

無事に終わった事を告げると、

全員ほっとしながら泣いていた。


「せんせ!お疲れ様でした!」


「お疲れ」


術後、眠っている婆ちゃんの元へ行き、

そこにある爺ちゃんの遺影に

無事にオペが終わったと報告をした。

すると婆ちゃんが目を覚ました。


「終わっだが?」


「終わった。もう大丈夫だ」


「こいで爺っちゃに自慢でぎんな。大樹先生に手術さしてもらっだて」


「うん」


「あ〜!生ぎででいがっだ〜!長生ぎも悪くねな?」


「もう一つ、良い報告がある」


俺は婆ちゃんに

白石と婚約した事を告げた。

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