第23話 せばだばまいねびょん!

青森旅行を境に

私と先生は一気に距離が縮まり、

2人の時間を大切にしていた。


残暑が落ち着き、

スーパーでは秋刀魚やリンゴといった

秋の味覚が出回り始めている。


秋が深まるにつれ

どことなく寂しくなるのは、

また1つ、季節が過ぎ去ってしまったから?


それとも最近、

ぱたりと姿を見せたくなった

チビちゃんのせい?


「でも大丈夫」と

なぜかまたあの子に会える気がしているのは、

再び青森に行く事が決まっているから。


それは、さちさんのオペが決まり、

私もついて行く事になったからだ。


場所は先生が紹介状を書いた

弘前市の大学病院。


だから今回は、

医師と看護師としてあちらに向かう。


飛行機であっという間に到着した青森は、

この2カ月でガラッと季節が変わっていた。


「寒〜っ!」


「だから言っただろ!朝晩は10°下回るって」


そうは言われても、

東京がまだ暖かいから

薄手の長袖と羽織りしか用意していなかった。


先生はわかっていたように

鞄からカーディガンを出し渡してくる。


「でもこれは先生が…」


「いいから着てろ!」


「ありがとうございます。お借りします」


東北はお盆を過ぎると一気に秋に向かう


山々は日に日に色づき、

10月に入ると

標高が高い山から順に雪が降りだすという。


ここ津軽平野でも

白神山地や岩木山、八甲田山に

雪と紅葉がほぼ同時にやってくる。


山ではキノコが採れ、

平野ではこうべを垂れた稲穂が刈られ、

真っ赤に実ったリンゴが

収穫の最盛期を迎えていた。


空港から病院までは、

金秋に染まる津軽平野の真ん中を

タクシーに揺られて通り過ぎてゆく。


病室に着くと

さちさんが笑顔で出迎えてくださった。


「さちさん!お久しぶりです!」


「婆ちゃん、来たよ」


「よぐ来だな〜」


「明日は俺達も立ち会うから」


「ありがでぇごと。心強ぇな」


そう言っていつもの高笑いをし、

お見舞いで貰ったという

たくさんのお菓子を

「おめ達で食え」と渡してくる。

私はそれを受け取りながら


「お加減はいかがですか?」


「どっでごどね。こい終わっだら帰れんだべ?」


「経過が良ければ1週間くらいかな。だからもう少し、頑張ろう?」


「わーは大丈夫。んだって、楽しみが待ってんだべ?」


「うん、そうだよ」


「したらば決まっだの?」


「決まったって、何が?」


「んだがら、2人は一緒さなるんだべ?」


それは私と先生が結婚するのか?

という意味の質問だとわかった。


私は何て答えればいいのかわからず、

先生に視線を送ると


「婆ちゃん次第だよ」


と言って微笑んでいる。

するとさちさんは


「せばだばまいねびょん!」


と、なにやら呪文のような言葉を吐き捨てた。

こちらではポピュラーな方言らしく、

後で意味を聞いたら

「そんなことじゃダメだ!」

と言っていたらしい。


病室の窓からは、

弘前城ひろさきじょうが望めた。


「眺めいいですね!」


「んだべ?大樹せんせの身内だはんで、1番いい部屋さ入れたんだ〜」


そう誇らしげに言うさちさんは

病室にお爺さんの写真を持ってきている。


君子さん達は

リンゴの収穫が繁忙期のため、

長居できずにさっき帰られたという。


「明日は、おめ達いっがら安心なんだど!んだから、明日も終わる頃に来るんだと!」


「うん、聞いてる。俺達がいるから婆ちゃんも大丈夫でしょ?」


「んだ!自慢の孫みでぇな、おめがだがいれば怖いものなす!」


「フフフ!はい!お任せください!」


ひとまずそこを離れ

オペチームの皆さんと合流し、

カンファレンスに参加した。


先生のお知り合いで

さちさんの執刀医である

桜井先生にもご挨拶をした。


「初めまして。看護師の白石菜穂子と申します。宜しくお願いします」


「どうも〜!こぢらごそ宜すく!」


「ご無沙汰しております。その節は無理を言ってしまって…」


「そっだらごどはお互い様だべ!それより手塚君、立派さなっだな〜!研修医の頃しが知らねがら、たまげだなぁ!男前さなって〜!」


桜井先生はハツラツとした方で、

昔、先生が研修先でお世話になったらしく、

今は地元のこの病院で副院長になられている。


明日はオペだからと、

一通り説明を受けてから

今夜泊まるホテルに向かう。


既に辺りは暗くなっていた。


先生の後ろを歩きながら

その背中に話しかける。


「さちさん、思ったよりお元気そうで良かったです」


「あぁ……」


「桜井先生も、とっても気さくな方ですね!」


「あぁ……」


先生はさっきから

「あぁ」しか言わない。


何か考え事をしているのかもしれないと

あえて理由を聞かずに歩いている。


そして気づけば弘前城のお堀まできていた。


ここは桜で有名な弘前公園だ。

その桜の木々が

赤や黄色に染まっていた。


「紅葉も綺麗ですね」


すると先生は立ち止まり、

真面目な顔で振り返ってきて

思いもよらぬ言葉を投げてきた。


「結婚しないか」

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