第22話 祭りのあと症候群

出発した新幹線の車内で、

去りゆく津軽平野を

ぼんやり眺めている。


あの頃はここまで新幹線が通っていなかった。

変わっていないようで

変わっていくこの街に

一抹の寂しさを感じている。


隣の白石は、

を見て笑っている。


「だから…何が見えてんだよ」


そう聞くと

ハッとしながら振り向き


「実は…連れて来ちゃったんですよ!」


「何を…」


「先生の過去を!」


「は…?」


「でもご安心ください!全部私の妄想なので!」


「安心できるか、バカ!帰ったら即、脳の検査だ!」


「ひどぉ!絶対正常ですよ!」


「そんなわけないだろ!」


そんな言い合いをしながら

婆ちゃんに持たされた

デカいおにぎりを2人で食べる。


「ん〜っ!美味しい〜!」

「美味いが、ちょっとデカ過ぎだろ」


そのおにぎりは

自家製の梅干しが入っていて、

海苔ではなく

塩漬けにされた大葉で巻かれている。


冷めても美味いこの味は

どんな駅弁にも敵わない。


添えられた沢庵も

新聞紙の包み方も、

あの頃と何も変わっていない事に気づき、

瞼が熱くなる。


涙腺を引き締めながら、

気を紛らわすように頬張った。


それでも自然と涙が溢れ、

それを隠すように顔を背けたのだが、

何も聞かずにハンカチを当ててくるから


「目にゴミが入っただけだ…」


「わかってます」


こんな情けない姿を見せてもなお、

俺に寄り添い

腕をさすってくる。


思えばコイツがいなければ、

二度とこっちに来る事はできなかったと思う。


コイツがいたから、

追憶の中で埋もれていた

あの頃の記憶を巻き戻す事ができた。


忘れようとしても忘れられない

尊くて儚い、大切な思い出だった。


そんな彼女の膝の上で

しがみつくように眠る


どういうわけか

昨夜から俺にも見えるようになってしまい、

見て見ぬフリをしている。


婆ちゃんが言っていたように、

てっきりあの家に棲む

座敷わらしか何かだと思っていたのだが、

こんな所までついて来るということは…


「お前、誰だよ…」


そんな事を呟きながら、

ウトウト眠りだす彼女の手を握った。



あっという間に夏季休暇が終わり、

俺達は日常に戻った。


東京では

うだるような暑さと

喧騒が待ち受けていた。


そんな中でも白石と過ごす時間だけが、

唯一心休まる場所だ。


「せんせ!お疲れ様です!」


「おぉ、入れ」


自然と互いの家を行き来するようになり、

共に過ごす時間が増えた。


「そう言えば、ねぶたが終わっちゃったそうです…」


「そうか」


「なんか、寂しいですね」


「祭りのあとってのはそういうもんだろ」


「どうしてお祭りのあとは寂しくなっちゃうのかな…」


膝を抱えながらそんな事を呟き、

本当に寂しそうにしている。


俺はその難問を解決してやろうと、

答えを必死に考える。


「そうだな。祭りの夜が特別な時間だからじゃないか?」


「特別な時間?」


「大人も子供も、祭りの日だけは、たがを外して、はしゃぐ事を許されて、何もかも忘れて夢中になれる。そんな夢みたいな時間だからこそ、終わった後に無気力になって、寂しさや虚しさを感じてしまう。楽しければ楽しかった分だけな」


「そうかもしれませんね…」


「祭りのあと症候群って病名があるくらいだからな」


「祭りのあと症候群?だとしたら私も、今まさにそれかもしれません」


「は?お前は違うだろ」


「業務中は集中しているので大丈夫なんですけど、ちょっと一息ついた時とかにあの旅行を思い出して、アレは何だったんだろう?って。全部夢だったのかな?って寂しくなっちゃうんですよ」


白石が言っているのは、

きっと祭りのことだけではない。


「夢なわけないだろ」


「え……」


「寂しいとか、そういうこと言うなよ。俺がいるだろ」


俺の傷を癒やしてくれたように、

コイツが寂しいと感じる時や

悲しみに暮れる事があるなら、

今度は俺がそばにいて

その傷を癒やしてやりたい。


そんな感情をぶつけるようにハグをし、

彼女もそれを受け止めてくれる。


そうしているうちに

自然と心が満たされて、

古傷があっという間に癒えてしまう。


心が1つになると、

今度は身も1つになろうとするのが

人間のさがだから、

この夜、ごく自然に互いを求め合った。


「菜穂子……」


「せんせ……」


だが、

どういうわけか俺達がいい雰囲気になると、

あのガキが邪魔をしてくる。


「あっ、やっぱり…ごめんなさい!」


「何で……」


「だって…チビちゃんが見てます…」


コイツはあのガキの事を

などと呼び始めた。


「はぁ……?」


暫くはこんな感じで、

わけのわからない存在と

彼女を取り合っていたが、

ある時を境に

奴はパタリと現れなくなった。


それは青森の婆ちゃんから、

オペを受けると連絡がきた

秋が深まった頃だった。


弘前の病院からも連絡が入り、

紹介状を出した俺にも立ち会ってほしいと

依頼がくる。


これには上司である大石先生の判断で

白石も帯同させる事になり

俺達は再び青森へ向かう。


今度は休暇ではなく

医師と看護師として。


「行くぞ」


「はい!」

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