第21話 別れの時

最後に集合写真を撮った。

私は本来、部外者だから、

写真に写るのは遠慮しようと思っていた。


けれど先生から「入れ」と言われ、

図々しくもお言葉に甘えた。


写真を撮り終わり先生と一緒に

お世話になったお礼を伝える。


「大変お世話になりました」

「色々、ありがとう」


そう頭を下げると、

「またおいで」

「こっちも楽しかったよ」などと

皆さんから声をかけていただいた。


典子さんと修さんが

駅まで車を出してくださるとのことで、

さちさん、風子さん、賢也さん、君子さんとは

ここでお別れだ。


「へばね〜!(またね)」


私はこの旅で

津軽の景色や人、言葉が大好きになった。


見ず知らずの私まで

快く受け入れてくださり、

様々な事を教わったように思う。


それは学校の授業や職場では習えない

生きていくうえで必要となる

大切な何かを知った。


津島家から続く

長い坂道を下っていく途中、

先生と何度も振り返り

いつまでも見送ってくださる優しい人達を

胸に焼き付けた。


青森駅に着くと

ねぶた囃子が聞こえてきた。


「あれ?もうお祭り始まってるんですか?」


の前で、囃子方はやしがたが練習してんだべな」


「そっか、確かにこっちに着いた時もそうでしたね!」


青森駅の海側にある青い海公園に

ずらりと並んでいる『ねぶた小屋』。


ねぶたは2日目の今日も

祭りが始まる夕方までは

そこに納められている。


まだ少し時間があるからと

久しぶりに来た先生のために

4人でそこまで行く。


すると修さんが得意げに言う。


「毎年、5月の中旬頃から小屋が建てられで、そごでねぶたが作られてぐ。その頃来たら制作過程も見学でぎんだ」


「そういうのも見てみたいです!」


「したらば、また大樹くんと来たらいべ!」


典子さんにそう言われ

先生と目が合い、

思わずニヤけてしまう。


ねぶた囃子に見送られ、

駅の改札でお2人ともお別れになる。


そこで修さんが突然、

先生に紙袋を押しつけてきた。

先生はなぜか怪訝な顔をし


「ん…?これ何?」


「いいがら持ってげ!」


しぶしぶ受け取る先生を見て

典子さんが申し訳なさそうに


「持ってげっで、何入ってっがわがんねもの持って行げねべな〜?」


「うぢで作っだニンニクだ!それ食って精つげろ!」


「……!?」


先生はギョッとした顔で紙袋を覗き込み、

言葉を選びながら

やんわり返そうとしている。


「ありがたいけど…匂いしたら困るし…」


けれど修さんは引き下がらない。


「いいがら持ってげ!おめがた、まだわけぇもんなぁ?しがも彼女は、おめより歳下だ!精つけねど捨てられっど!」


そう言って意味深に微笑んだ。

私も先生も言葉を失ってしまい、

顔が赤くなってしまう。


そっか…私と先生、

そういう目で見られてたのか…。


「気にしねぇで?この人、昔っがら変わってんだ。それ新聞紙に包んであっがら匂いしねーど思う。適当に使っで?」


「ありがとうございます…」


修さんは怪しげに

「デヘヘ」と笑いながら見送ってくれた。


先生は久しぶりに会った皆さんと、

最初はよそよそしく接していたけれど、

いつの間にか昔の関係に戻ったらしく、

最後は「じゃあ、また」と言って

手を振っていた。


そして2人きりになった瞬間、

ボソボソこんな事を言ってくる。


「あの人、相変わらず変わってんな」


「それって、修さんの事ですか?」


「他に誰がいんだ。そういや思い出したんだが、ガキの頃からこんな風に、微妙なもん時々渡されたんだよな」


「え?微妙なものって?」


「エロ本とか、美少女フィギュアとか」


「えぇ!?」


先生の口からサラッと

衝撃的なワードが飛び出し、

どう返したら良いかわからない。


そんなもの貰って

先生はそれをどうしたんだろう…


気になりつつも聞けないまま

新青森駅まで行き、

ホームで新幹線を待つ。


あぁ、本当にこれで旅が終わってしまう。

どうしてかな

今、とてつもない寂しさに襲われている。


えんもゆかりもないこの土地に、

こんな感情がわくのはなぜだろう。


そんな風に感傷に浸っていると、

私の足元で佇んでいる事に気がつく。


そう、この子は幼い頃の先生そのものだった。


私は彼の目線に合わせてしゃがみ、

心の中で話しかけた。


『一緒に来てくれて、ありがとう』


すると勢いよくしがみついてくるから、

よしよしと頭を撫で、抱きしめた。


なぜだろう。

幻だとわかっていても、

この3日間で母性が溢れてしまった。


大好きな人の幼少期の面影に、

こんな感情を抱くのは

おかしいのかもしれない。


けれど今の私は、

完全にこの子の保護者になってしまった。


『どうするの?こっちに残る?』


そう聞くと

首を横にぶんぶん振るから、

私は彼の手を引き

東京まで連れて帰る事にした。


「おい、何やってんだ。早く乗るぞ」


いつの間にか到着していた新幹線に乗り込む。

私は先生に内緒で

チビちゃんを自分の膝に乗せた。


「そう言えば…行きは飛行機でいらしたんですよね?どうして帰りは新幹線にしたんですか?」


「別に…時間あるし…」


「そうですか。良かった」


「良かった?何が」


「だって、先生と一緒に帰った方が楽しいですもん!」


「バカ……」


短い夏を惜しむように

ねぶた祭りが盛り上がる中、

私達は3で東京に戻った。

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