第20話 全員集合!

まさかのVHSデッキがまだ残っており、

流れでそれを見てから帰る事になった。


そこには爺ちゃんが撮った

ある夏の日の記録が残されていた。


カセットテープには

1996年夏、と記されている。


恐らく当時の俺達が写っているだろう。

姉貴だけならまだしも

白石に見られる事には若干抵抗がある。


だが白石は子供のように目を輝かせ、

テレビの前で前のめりに正座をしている。


少し画質の悪いその映像には

川遊びをしている

俺や姉貴を含む数名の子供達と


付き添いで来た

10歳上の典子姉ちゃんと修君も映っていた


「あっ、ここ昨日先生と行った『もみじ山』だ!え…あのお洒落な女の子は…風子さん!?可愛い〜!!」


子供時代の姉貴が

長閑のどかな風景にそぐわない

派手なワンピース型の水着を着て

躊躇なく川に入って行く。


「アハハ!こんなの着てたね〜。なんか照れちゃうけど懐かし!」


「えっと、先生は…?」


何人か歳の近い男の子がいるから

その中から必死に俺を探している。


「あんま見んなよ…」


するとその時、

爺ちゃんの声が聞こえてきた。


『大樹くんも川さ入っでみろ〜!楽しいぞ〜』


「……!」


久しぶりに聞くその声に胸がつまる。

野太い声だが

優しくて耳障りのいい声。


カメラが追いかける先には

我れ先にと川に入って行く子達と、

その様子を眺めながら

川岸で立ち尽くしている当時の俺がいた。


「え…あの子が先生!?」


「アハハ!そうそう。怖がって大樹だけなかなか入れなかったんだよね〜?」


「うるせぇな…」


白石はそんな俺を見つけ

目を見開いて凝視している。


「この子が…先生…?」


たぶんコイツがここ数日見ていた

幻のに瓜二つの当時の俺を見て

ひどく驚いているのだろう。


だがそんな事は口にせず

静かに微笑みこう言った。


「先生、けっこう怖がりだったんですね?」


「別に…怖かったわけじゃない。髪が濡れるのが嫌だっただけだ!」


そんな強がりを言いつつも

爺ちゃんの声でハッとする。


子供だった俺が

皆んなに見守られながら

恐る恐る川に入って行くと

爺ちゃんが嬉しそうにこう叫んだ


『おぃ〜っす!』


すると先に川に入っていた子供達が

皆それを真似して「おぃ〜っす!」と言い

俺を仲間に入れてくれた


それを見守っていた典子姉ちゃんや修くん

そして姉貴がほっとしたように笑い合っている。


その場面を見て

白石はなぜか泣きながら笑った。


「わぁ!先生入れた〜!良かった〜!」


「だから…入れるだろ、普通…」


そうだった

いつも爺ちゃんは臆病な俺の背中を押し

こんな言葉をかけてくれた


『皆んなと同じでなぐでいんだ。んだども何事もやっでみだ方がいい。すたっきゃ(そしたら)世界が広がるってもんだ』


ビデオを見終わり、

最後に仏壇に手を合わせた。


白石も隣で長く手を合わせている。

きっとコイツなりに色々感じ、

爺ちゃんに礼を言っているのだろう。


玄関に向かうと

白石が柱にもたれかかり、

満面の笑顔を向けてくる。


「何やってんだ?」


「見てください!この時の先生と身長が一緒でした!」


それは玄関脇にある

太くて黒ずんだ柱に記された

俺達の成長記録だった。


ここに来る度、

爺ちゃんが俺達を柱の前に立たせ、

頭上で線を引いていた。


そして毎回、

去年より何センチ伸びた、と喜んでいた。


最後に記された俺の身長が

今の自分と同じである事に

すこぶる喜んでいる白石に

俺はいつも通り「バカ」と呟いた。


靴を履いていると婆ちゃんが

新聞紙に包んだおにぎりを手渡してくる。

受け取るとずしりと重く、

まだ温かかった。


「汽車でけ!(汽車で食べなさい)」


だが典子姉ちゃんと修くんが

婆ちゃんに呆れた様子で


「婆っちゃ!今は汽車でねぐで新幹線!」


「そだよ?すがも(しかも)駅弁どが、うめぇもん山ほど売っでんだよ?」


すると婆ちゃんは

拗ねながらも俺にそれを押し付け


「したらば帰ってがら、けばいべ!」

(それなら帰ってから食べればいいでしょ)


思い返せば昔から

毎回このやり取りがあった。


変わったようで変わっていないものが

この手に伝わった。


「婆ちゃん、ありがとう」


外に出ると

姉貴が集合写真を撮ろうと言い出し、

母屋の前で全員並んだ。


「んじゃ、撮っがんね〜!」


修くんがカメラマンを引き受けてくれて、

俺は婆ちゃんの隣に立った。


すると白石が

写真に入らずに離れた所で佇んでいる。


「何やってんだ、早く入れ!」


「私はいいです。むしろ私がお撮りしますので、修さんが入ってください!」


すると修くんが即座に言い返した。


「何言っでんだ!早ぐ大樹くんの隣さ並べ!」


「そだよ?もう菜穂子ちゃんは親族と同じだ」


婆ちゃんにそう言われ、

白石はやっと俺の隣に来た。


「すみません…。これ撮ったら次は修さんが入ってくださいね!」


「わがっだわがっだ〜!とりあえず撮っべ!」


修くんが皆んなを笑わせる為に

爺ちゃんの口癖を連発する。


「こいで全員集合!したらば撮っがんね〜?はい笑っで〜!合言葉は『おぃ〜っす!』だがんね〜?」


「アハハハ!」


「いいがら早ぐ撮れ!」


爺ちゃんの口癖を皆で真似をし、

集合写真を撮る。

これもここに来た時の恒例行事だった。


それを知らない白石も

見様見真似で笑っている。


そんな白石の手を

こっそり握ろうとしたが、


修くんの真似をし、

片手を上に上げ『おぃ〜っす』の時の

爺ちゃんのポーズを取られてしまい、

それは失敗に終わった。


「したっきゃ、本当に本当の本番だがんね〜?せ〜っの!!」


修くんの合図とともに

全員が「おぃ〜っす!」と言い、

微妙なポーズと笑顔が写真におさまる。


この時、シャッター音と共に、

気のせいか爺ちゃんの声が聞こえた。


『ダメだこりゃ!!』

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