第19話 爺ちゃんの部屋

朝食を終え

自家製のリンゴジュースを飲みながら

青森で過ごす最後のひと時を

津島家の人々と過ごしている。


そこで俺は婆ちゃんに

急いで準備した紹介状を渡した。

婆ちゃんはそれをじっと見つめている。


「弘前の大学病院に知り合いの医者がいる。その人に連絡したら、快く引き受けてくれた。もう一度、ちゃんと検査しよう」


そう言っても

首を縦に振らない婆ちゃんに、

最終手段を使う事にした。


無理強むりじいはしない。でももし婆ちゃんが頑張ってくれたら、爺ちゃんに自慢できるような楽しみが、もっと増えると思う」


「楽しみっで何だ?」


「治療を受けて体の調子が良くなれば、来年もねぶたを見に行ける。それと…俺や姉貴が結婚とか、そういう風になるとこも爺ちゃんの分まで見てほしいし」


白石がギョッとした顔で俺を見ているのがわかった。

そこはあえて無視をした。

だが修くんが食いついてくる。


「え?え?結婚!?大樹くん、菜穂子ちゃんど結婚決めだの?え、いづ?いづ決めだんだ?やっぱり…昨夜か?」


「いや、そうじゃなくて…」


慌てて白石が修くんをおさえる。


「そんなわけないじゃないですか!先生はもっと素敵な方と…」


すると姉貴が参戦してくる。


「いやいや、あるかもね?私はまだ予定ないけど〜。大樹と菜穂子はありえるよね〜」


婆ちゃんだけに言ったつもりが、

厄介なギャラリーに騒がれてしまう。


「だから…今はそんな具体的なことを言ってんじゃない!仮の話だ!」


思わず声を荒げて言い返すも、

全員がニヤニヤしながら

「ふ〜ん♡」と俺達を見てくる。


こういう時の親族の結束力は

並々ならぬものがある。


すると婆ちゃんが

あっけらかんと答えを出す。


「行っでみっがな」


うるさかった連中が一瞬で黙った。


「え!?」


「病院さ行っで、長生ぎすでも仕方ねど思っでだ。んでも、そった事だば話は別だ!あっちさ行った時、爺っちゃへの土産話みやげばなし、多ければ多い方がいべ!んだがら、病院さ行ってみっが」


婆ちゃんがそう言うと

全員が拍子抜けしたように笑った。


「なんだんず〜!(笑)、わんど(俺達)が何べん説得すても「行がね!」の一点張りだったぐせによぉ!」


「あっきれだ〜!大樹先生の鶴の一声が〜?」


「アハハハ!」


とにもかくにも

婆ちゃんが治療に前向きになってくれた事で、

長い間この家に対して感じていた

うしろめたい気持ちが自然と薄らいだ。


帰り支度を始めると

姉貴が声をかけてくる。


「私、せっかくだからもう一泊するね。だから2人で仲良く帰って!」


「え…そんな…風子さんも一緒に帰りましょ?」


「放っとけ!どうせ典子姉ちゃんと飲み足りなくて残るんだ」


「当ったり〜!一晩じゃ話し足りなくてさぁ!」


「あんま迷惑かけんなよ?」


「わかってるって!それよりさ、菜穂子は爺ちゃんの部屋入った?」


「お爺さんのお部屋?いえ、私は…」


「せっかくだから見てきなよ!ここの爺ちゃん、すっごく洒落てたのよ?」


姉貴が言うその部屋は

爺ちゃんの趣味部屋とも言うべき部屋で、

ガキの頃はなかなか入れてもらえなかった。


だが当時、引っ込み思案だった俺は

なかなか周囲と馴染めず、


それを気にかけてくれた爺ちゃんが

皆んなに内緒で

時々、俺だけ特別に入れてくれた。


それが子供ながらにとても嬉しかった。


姉貴と3人でその部屋に入ると、

なんとも言えぬ懐かしい匂いがした。


「わぁ!素敵なお部屋ですね!」


他の部屋は和風のしつらえであるのに、

ここだけは爺ちゃんのこだわりで洋間だった。


ステンドグラスの窓

大きな望遠鏡

壁一面の本棚

グランドピアノと暖炉だんろ

オルゴールやレコードプレーヤー

鳩時計にいたっては未だに動いている


やや物置になりつつあるこの部屋には、

昔この家で使われていた黒電話や

日めくりカレンダーなども残されていた。


白石はまるで夢の国にでも来たかのように

目を輝かせている。


「なんか、博物館みたいですね!」


「でしょ〜?この部屋、子供は入るなって言われて、なかなか入れなかったんだよね〜。でも時々内緒で入ってさぁ、ドキドキしながら色々漁ったんだ〜。なんていうか…秘密の部屋って感じでワクワクしたな〜」


姉貴がそんな事を言っている傍らで

俺はしょっちゅう入れてもらっていたという

優越感に浸る。


姉貴は得意げに

爺ちゃんが愛用していたロッキングチェアに座り、

ギッギッと音を鳴らしながら

爺ちゃんの真似をしている。


爺ちゃんはよくここで

バーボン片手に読書や映画鑑賞をしていた。


20年以上の月日を経ても

すぐにあの頃に引き戻されるほどの郷愁を感じ、

部屋を見渡しながら立ち尽くしてしまう。


思えば爺ちゃんは、

山や川での遊び方を教えてくれる一方で、

自然の厳しさも教えてくれた。


食えるキノコと毒キノコの違いや

入って安全な場所と危険な場所。


空や風の流れで

「もうすぐ雨が降る」と言い、

まだ遊びたいと駄々をこねると

突然大声で怒鳴っては

ガキだった俺達を説き伏せる事もあった。


爺ちゃんの言うことはまず当たったから

その度に俺達は

「やっぱり爺ちゃんは凄い」と

絶対的な信頼をおくようになった。


そんな爺ちゃんは、

愛用していた家庭用ビデオカメラで

よく俺達の事を撮ってくれていた。


そのカメラやカセットテープを見つけた姉貴は

また厄介な事を言い出す。


「うわぁ〜!懐かしい〜!これまだ見れるかなぁ?見たくない?」


「見たいです!お2人の子供時代の映像なんてお宝ですよ!」


「却下!そんなもん見なくていい!第一、ビデオデッキが無いだろ?」


そんな話をしていると

婆ちゃんが入ってくる。


「あるよ?見でみっが?」


「……!?」

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