第18話 リンゴの炊き込みご飯

先生と過ごす青森2日目の夜。


私にしがみつくようにして眠った先生は

とても苦しそうにうなされていた。


何かに怯えているような

悲しみに打ちひしがれているような


そんな風に

まるで幼な子のようになった先生を

ただただ受け止め続けた


さっき縁側でされたキスも

こうして抱き合って眠ることも

理由なんてどうでもよくて


先生がそうしたいなら

私はそれを受け入れるし、

不安や苦しみを抱えているなら

少しでもそれを取り除いてあげたい。


両思いになりたいとか

恋人になりたいとか

そんな事はもうどうでもいい


今はただ

こうしてそばにいるだけで

それだけでいい


ひどくうなされてから

目を覚ました先生は、

必死にこんな事を言ってくる。


「頼むから…いなくなるな」


「私はいなくなりません。ここにいます。ずっと先生にそばに」


「絶対だぞ」


「はい。お約束します」


そう答えると

先生は再び眠った。



夜が明けて

東京に戻る日の朝となった。


まだぐっすり眠る先生の腕をすり抜け、

今朝も畑を手伝いに行こうと

こっそり部屋を出た。


するとなぜか

修さんが1人でウロウロしている。


私を見るなり、

小鼻をピクピクさせながら

怪しげに近づいてくる。


私はそんな修さんに対して

無意識に後退あとずさりをしていた。


「お…おはようございます!」


「おはよごす〜」


「あれ?典子さんは?」


「昨夜、風子ちゃんと飲み過ぎで今日は畑さ出ねっで」


「へぇ〜…」


修さんはなぜか挙動不審だ。

それが通常運転な気もするけど

何か変だ。

昨日までのとはちょっと違う気がする。


「あ〜!久しぶりに会って盛り上がっちゃったんですかね?(笑)わかるな〜。同窓会的な感じですよね?そしたら私が典子さんの分まで働きます!」


修さんから

不審な眼差しを向けられながら

出かける準備を始めた。


昨日からお借りしている

農作業用のを被り、

長靴と軍手も持って

修さんと一緒に畑に向かって歩きだした。


その途中、

修さんが聞きづらそうに

こんな事を言ってくる。


「昨夜はよぐ寝れだ?」


「はい!おかげさまで。お布団がとっても気持ち良くて!」


「んだべな。婆っちゃとこのは、浅田真央ちゃんが宣伝しでる高級マッドレスだがんね?」


ドヤ顔でそう言われる。


「そ、そうだったんですか!なるほど〜」


「2人で寝だの?」


「はい!?2人…とは?」


突然、直球を投げられ、

思わずうろたえてしまう。


なんだろ…。

この人、何か勘づいてる…!?


いやいや、別に何も悪いことしてないし!

そもそも恋人って設定だし…

それに、やましい事はしてないし…

あっ、キスはしちゃったけど…。


そんな事をぐるぐる考えていると、

修さんはパグのような瞳で

私をじっと見てくる。


「わー、見でまっだんだ。2人がイチャイチャしでっどご!」


「イチャイチャって…そんな事してません!」


「隠すても無駄だ!2人ども、奥手なふりしで、ながながやるなぁ!」


ひじでツンツンつつかれ、

言い返す事も弁解もできないまま、

気まずさ全開で畑仕事を手伝った。


後から知ったことだけど、

修さんは私と先生の

縁側キスを目撃していたらしい。


けれどこの時の私は、

どこからどこまで見られてしまったのかわからず、

畑から帰ってきてすぐに先生に報告した。


すると先生は

頭を抱えながらも冷静にこう言った。


「とりあえず、修くんとはもう目ぇ合わせんな」


「はい…」


先生いわく

修さんは昔から勘が鋭く

その上、妄想力が他人ひとよりけているらしく、

いい人なのだけど、

時々厄介な一面があるのだという。


最終日になって

なんとなく理解できた。


畑から戻ると

典子さんと風子さんも起きてきて、

全員集合で朝食が始まる。


けれど修さんからの強烈な視線が

私と先生に降り注ぎ、

私はそれから逃れるように

料理の感想などを言っている。


「このから茄子なす、美味しいですね〜!」


すると君子さんが

嬉しそうにしてくださって


「そいは『茄子なすもす』つっで、茄子と青唐辛子を醤油で炒めだもんだ。簡単だはんで、後でレシピさあげる!」


「ありがとうございます!」


普段、朝食は

青汁かスムージーだけの風子さんも、

今日はがっつり食べている。


「こんな朝食、久しぶりだな〜。同じように作っても、東京だとなんか美味しくないの何でだろ?」


「わかります!やっぱり採れたてだからですかね?」


「それだけかな〜?なんっか違うんだよね。ここで食べるものは」


すると賢也さんが

こんな提案をしてくる。


「んだが!へば皆んなでこっちさ住めば?」


それに対して

二日酔いでぐったりしていた典子さんも

目を輝かせて反応した。


「それいい!絶対、楽しべな〜!」


現実的には難しいことだけど、

そんなことができたらいいなと思い、

ふと隣にいる先生を見た。


けれど先生は

そんな会話に耳も傾けず、

炊き込みご飯を口にして

懐かしそうに笑っていた。


「せんせ?どうかされましたか?」


「この炊き込み、昔よく食べたなと思って」


するとさちさんが、

先生の食べっぷりに顔をほころばせながら


「大樹くんは、こいが好ぎだっだなぁ」


それはリンゴの炊き込みご飯だった。

リンゴ農家である津島家で

代々受け継がれてきた味だそう。


細かく刻まれたリンゴと、

椎茸や帆立、昆布、枝豆が入っている

郷土の炊き込みご飯。


きっと先生にとって

ここでしか味わえない

大切な思い出の味なのだろう。


先生の横顔を見つめていると

君子さんが話しかけてくる。


「こいはうちで取れだリンゴだ。瑞々しくてシャキシャキでうめんだよ?リンゴジュースと醤油で味づげしでんだども、これが案外、米に合うんだ〜。さ!菜穂子ちゃんも食べでみで?」


「いただきます!」


去年のリンゴも特殊な冷蔵保存をし、

味を損なわずに食べることができるらしい。


スーパーに年中リンゴがあるのは

そういう事だったのか。


そう感心しながらも

初めてしょくすリンゴのご飯は未知の味だ。


恐る恐る口に入れると

リンゴの食感を保ちつつ、

ほのかに残る甘みと酸味が

お醤油の香ばしさと合って病みつきになる。


「何ですかこれは!美味しい〜!!」


先生が好きな味を

私も好きになる


こんな嬉しい事はない


2人の

どんどん増えていけばいいな


朝食を終えると

先生がさちさんに書面を渡した。


さちさんはそれを受け取り、

老眼鏡を探しながら先生に尋ねた。


「こいは何だ?」


「大学病院の紹介状。俺が書いたから」


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