第17話 嘘偽りのない世界

心のおもむくままに

縁側でキスをしてしまう。


つまらない言い訳をし、

手を重ねて思いを探っていると


彼女の膝の上で

俺を睨みつけるガキが見えた。


「……!」


俺と目が合うと

一瞬で消えてしまったが、

きっと彼女の言っていた幻の正体であり、

あの頃の俺自身に違いない。


夜になると

扇風機すらいらぬ涼しいこの山里で、

戸惑うその手を離せずにいる。


「どうする?」


「ど…どうするって…?」


「別々で寝るか、それとも昨夜みたいに…」


コイツが

絶対に決められない二択を迫ると


「え…それは…あの…でも今夜は、風子さんと一緒に寝ますので!」


「たぶん、姉貴は戻ってこない」


「でも…やっぱりこういうのは…」


「ふ〜ん。じゃあ夜中に手洗い行きたくなっても1人で行けんだな?」


「あっ…!そうだった…どうしよ…」


「好きにしろ」


そう言って手を離し

1人部屋に戻った。


だが待てど暮らせど入ってこない。

待ちぼうけて布団の上に横たわり

“こんな時に何やってんだ”と

下心を出す自分に腹が立つ。


するとノックする音がし

慌てて起き上がると、

古い戸がギギっと音をさせ少しだけ開く。


その隙間から

オドオドした様子で佇む白石が

少しだけ見える。


「何だ」


「あのぉ…やっぱり1人じゃ怖いっていうか…その…」


「入れ」


枕を抱えながら

なぜか深々と一礼して入ってくる。


その姿がなんとも言えず、

いたいけでいじらしくて、

今すぐにでも抱きしめそうになる。


そんな衝動を死ぬ気で抑え、

昨夜のように

忍び足で歯磨きに行く。


こんな時間が

今の俺には何より楽しくて


こんなに笑った日々は

いったいいつ以来なのかと

考えても考えても思い出せない。


ふざけ合っては笑いをこらえ、

ヒソヒソ会話をしながら部屋に戻る途中、

なんとなく仏間を覗くと

かかげられた爺ちゃんの遺影と目が合った。


そこに映る笑顔の爺ちゃんに

見られたくない場面を

見られてしまった気がして

俺は慌てて足を早めた。


布団を持ってきてやり

昨夜のように並べる。


「せんせ?」


「ん…?」


「そう言えば、昨夜寝る前にあった衝立ついたてはどうされたんですか?」


はずした」


「どうしてですか?」


「お前が暴れるから」


「そんなに暴れませんよぉ!それにあれが無いと…さすがに寝れないっていうか…」


「どうせ秒で寝落ちだろ!」


そう言って睨みつけると

布団の上で正座をし


「今夜は寝落ちしません!先生が眠るまで見届けます!」


「はぁ?何だよそれ…」


白石は布団をくっつけて

こっちに寄りながら横たわる。


どういうつもりだ…


その心が読めず

どうせ寝落ちすると決めつけながら、

灯りを消し、俺も布団に入った。


だが強烈な視線を感じそちらに向くと

暗闇の中で目が合う。


「早く寝ろ」


「だから…先生が先に寝てくださらないと私も眠れません」


「何でそこにこだわる…」


「だって私、先生が安心して眠れるような、そういう存在になりたくて…」


「……。」


「先生が大好きなあの人達みたいに、おっきな愛で安心させたいんです!あっ、おこがましいですね?」


自分で言っておきながら

クスクス笑うコイツに

もう負けを認めざるをえない。


「俺の負けだ」


「はい?何か勝負してましたっけ…」


「もう恋人のフリはしなくていい」


「え…でも明日帰るまでは…!」


まだ話し続けようとする白石に

もう一度、力強く口付けて、

昨夜のように

雁字搦がんじがらめに抱きしめてしまう。


いや…抱きしめていたのではなく、

昨夜は俺が抱きしめられていた。


祭りのあとの余韻が残る真夏の夜。


誰かに守られているという絶対的安心感と、

何があっても味方になってくれる存在。


そんな奇跡のような尊さを感じながら、

この夜、久しぶりに夢を見た。


そこにはまだ元気で若かった

爺ちゃんと婆ちゃんがいて、


風鈴の音や蚊取り線香の匂いが生々しく、

あの頃のままの風景が鮮明に現れた。


屈託くったくのない笑顔に囲まれて、

嘘偽うそいつわりのない世界がそこにあった。


それが夢だとわかっていながらも

必死に彼らに訴える。


『いなくならないで』


だがその笑顔から返事はなく、

みっともないほど泣きながら

叶わぬ願いを叫び続けた。


夜中にハッと目が覚めて

やはり夢だったのだと呆然とすると、

彼女が心配そうに覗き込んでいる。


「せんせ、大丈夫ですか?すっごく、うなされていましたよ?何か怖い夢でも見ちゃいましたか?」


汗をかいているらしく、

タオルで額を拭いてくれている。


「悪い。起こしたか…」


「大丈夫です。大丈夫…」


俺を抱きかかえるようにして

背中をトントン叩いてくれる。


小さな体で

めいっぱい俺を受け止めている。


そんな彼女に体を預け、

この人だけは離してはならないと

必死になって頼み込んだ。


「頼むから…いなくなるな」

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