第16話 不意打ちの縁側キス

先生は私とさちさんの会話を

聞いていないフリをしていたけれど、

お婆さんが微笑みかけると

照れ臭そうに微笑み返していた。


ハネトが跳ね、ねぶたが回る


無病息災を願ったというこの祭りが

何万人もの観客を熱狂させている。


今日から6日間続くこの祭りは、

大歓声の中で盛り上がった。


何台も通過していくねぶたは

扇子せんす持ちの誘導で、

交差点で大きく回転しながら

前のめりに近づいてきたり、

生き物のような動きで凄みを増した。


それに加えて

『バケト』と呼ばれる

仮装した盛り上げ役の人達が、

鬼やキャラクターの姿でパレードを盛り上げる。


バケトは子供には泣かれて嫌がられるらしいけど、

それが『ねぶた』の面白さの一つらしい。


案の定、バケトに泣かされた

チビちゃんを抱きしめながら、

時々先生と目を合わせ、

静かに微笑み合った。


ねぶた祭り初日が終わり、

津島家に戻ってくると

さちさんはそのまま寝床に入った。


先生はさちさんが飲んでいる薬を確認し、

呆然としている。


それはさちさんが深刻な不整脈である

心房細動しんぼうさいどうだということがわかったからだ。


「いつから……」


「1年ぐれえ前かな…。大学病院さ連れでっで、すぐ治療しましょうってなっだんだども…うち(家)離れるわげいがねっで入院も治療も拒否して…」


典子さんが肩を落としてそう説明すると、

先生は背中を向けたまま


「連絡してくれたら良かったのに…」


「大樹くんのお父さんさ相談しようて考えだんだども…婆っちゃはこごを離れらんねー人だがら…」


「……。」


誰も悪くない。

誰のせいでもない。

だからこそ、

さちさんの意思を尊重したのだと思う。


先生は黙ったまま

眠っているさちさんのそばに行き、

じっと顔を見つめ、

暫く座りこんでいた。


いつもより小さく見えるその背中に、

私は声もかけられず

そこから離れた。


居間に戻ると

風子さんと典子さんがお酒を飲みながら

話をしていた。


「大樹、ずっと後悔してたんだよね…」


「何を?」


「ここの爺ちゃんが亡くなった時、すぐ青森行こうってなったんだけど、大樹だけは勉強机に座ったまま何も準備しなくてさ。私あの時『あんたも世話になったんだから、きちんとお別れしなさい!』って怒っちゃったんだよね…」


「そった事があっだんだ…」


「そしたらアイツ、何て言ったと思う?」


「……?」


「爺ちゃんが死ぬわけないって言い張って。どう言っても聞かないから、仕方なく大樹だけ置いていったってわけ」


「そっが〜。んでも大樹くんらしいね!」


「それからずっと、来たくても来れなかったのよ。けど悪く思わないでやって?それだけここの爺ちゃんは、私達にとっても永遠のヒーローみたいな存在なの」


「悪ぐなんて思うわげねーべ!そうじゃねがって、わがっでだよ?」


「さすが典子姉ちゃん!さっ!もっと飲も!ほら、菜穂子も付き合って〜」


「はい…」


典子さんと風子さんも

つらいのだと思う。

だからこそ、あえて明るく振る舞っている。

私にはそう見えた。


「せっがぐだがら湿っぺぇ話でねぐで、なんが浮いだ話どがねぇわげ〜?大樹くんは、こった(こんな)めごぇ子を捕まえだがら安心しだけどさぁ、風子はどうなの?」


「それがさぁ〜!聞いてよぉ!!」


恋バナで盛り上がり

つい声が大きくなると

先生が鬼の形相で戻ってきた。


「おい!いい加減にしろ!婆ちゃん寝てんだぞ!」


先生から叱られてしまい、

お姉様方2人は離れの家に逃げてしまった。


私は寝る支度をし、

本来は風子さんと寝るはずだったお部屋に入ったけれど

なかなか寝付けずに縁側に出た。


するとチビちゃんが隣に座り、

一緒に夜空を見上げてくれる。


「綺麗だね」


彼は黙って頷いた。


「私は明日、東京に戻るけど…あなたはどうする?ここに残る?それとも一緒に来る?」


そう聞くと、一瞬顔を歪ませてから

何も言わずに私の膝に乗り、

ぎゅっとしがみついてくる。


よしよしと頭を撫でてあげていると、

先生がやって来た。


「まだ起きてたのか」


「せんせ…」


先生は私の隣に座り、

珍しくこんな事を言ってくる。


「疲れたな?」


「でも…楽しかったですね!」


「そうか?気ぃ使って疲れただろ」


「いえ全然。明日でお別れなのが寂しいです…」


「あぁ、そうだな」


「気持ち…少しは楽になりましたか?」


「ん〜…。たぶんこれからも後悔はし続ける。だからせめて婆ちゃんの事はなんとかしてやりたいんだが…」


「はい」


先生の気持ちは痛いくらいわかった。

だけどこれ以上は

踏み込んじゃいけない気がして、

私は口を閉じた。


チビちゃんがスヤスヤ眠ってしまい、

その寝顔を見つめていると、

先生に呼ばれふいに顔を上げた。


「白石…」


「……?」




一瞬、時が止まったようになったのは、

縁側に座ったまま

先生が私に口付けてきたからで…


「え…今のは…」


「これは…礼だ」


「礼!?な…何のですか!?」


「だから…色々付き合わせたから」


先生は気まずそうにしながらも

私の手に自分の手を重ねてきた。


「……!?」

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