第15話 青森ねぶた祭り

たいしだごどね。おめだち先行げ!」


「いいから休もう」


先生に説得されて

ようやく頷いたさちさん。


近くにあったベンチをあけてもらい

そこに座ってもらった。


修さんは水を買いに走り、

典子さんは君子さん達に連絡をしている。


風子さんは心配そうにウチワをあおぎ、

先生は眼孔を診たり、

もう一度脈を測っている。


私はそれを手伝いながら

ただ2人のやり取りを聞いていた。


「婆ちゃん、血圧高いでしょ。薬は?」


「さっぎ飲んだ。んだがら心配ねぇ」


「俺と一緒に戻ろう」


「戻んねよ?人生最後のねぶただ。こい見ねど死ねね!」


「薬飲んで、ちゃんと医者の言うことを聞けば、また見に来れる」


先生がそう言っても、

頑として首を縦に振らないさちさん。


すると君子さんと賢也さんがやって来て、

事情を説明すると困ったように笑った。


「2人ともどうもね!もうねぇ、こんな調子で言うごと聞がねんだ(笑)んだがら、今日は好ぎにさせでけで?」


「んだね!婆っちゃは嬉すがっだんだよな?久すぶりに『ねぶた』さ来て、お医者様さなっだ大樹くんに診でもらっで、しかも大樹くんのに寄り添ってもらっで、それを爺っちゃに自慢してーんだべ?」


「そだよ?悪ぃが?」


「悪ぃなんて誰も言っでねーべ!ただ婆っちゃが心配なんだよ!わんど(私達)は婆っちゃに1日でも長生ぎすてほすいの!」


典子さんは泣きながらそう言った。

それに対して風子さんまで泣きそうな顔で頷く。

先生は皆さんやさちさんの気持ちを汲んで


「じゃあ、これ以上しんどくなったら、すぐ俺と一緒に戻るって事で…」


すると君子さんが

しんみりした空気を吹き飛ばすように

笑顔でこう言った。


「そだねぇ!お医者様が付いでんだ。こったらたのもすごどねぇべ!」


ひとまず様子を見ることにして

観覧席まで移動した。


ここに居るのは

医師と看護師に切り替えた先生と私だ。


だから、さちさんを挟むように席に着き、

予定通り、ねぶたを見る事にした。


祭りが始まり

『ねぶたばやし』と呼ばれる

太鼓や笛、手振りがねの音が聞こえてくると

さちさんは突然、大声でこう叫んだ。


「ラッセーラー!ラッセーラ!!」


すると周りの人々が自然とそれに続く。


「ラッセ、ラッセ、ラッセーラ!!」


いよいよ日本を代表する夏祭り

青森ねぶた祭りが始まる。


暗闇の中で

縦横無尽に動く巨大な光の造形物が、

まるで生き物の如く迫ってくる。


「わぁ…!!」


このねぶた祭りの歴史を

さちさんが語りべのように解説してくれた。


それによると青森ねぶた祭りは

平安時代の武将

坂上田村麻呂さかのうえたむらまろが、

蝦夷征伐えぞせいばつの際に大燈籠・笛・太鼓などではやし立て

敵をおびき出したという故事に由来するという。


その故事に基づいた弘前ひろさきねぷた祭りを真似て、

今から300年近く前、

市民が灯籠を持ち歩き、

踊った事に始まったらしい。


津軽地方で広まったこの

『ねぷた』または『ねぶた』というものは

大型の山車灯籠だしとうろうのことで


弘前では平面的な扇型。

五所川原では縦型の立佞武多たちねぷた

そしてここ青森では

立体的な人形ねぶたとなり、


それぞれの街で

この時期それらが引き回される。


始めは神輿みこしのように担いでいたが、

時代と共に巨大化し、

昭和初期から台車に乗せて引き回す

現在の山車に変化した。


基本的な作りは、

ねぶた師と呼ばれる製作者が

下絵や構造、色彩などを決め、

支柱と針金を使い骨組みを作り、

それに和紙を貼り、墨書きし、

最後に色をつけ、大勢で台車に乗せて完成する。


ここまでに1年ほどかかると言い、

祭りが終われば

すぐに次回の制作に入るのだと言う。


歌舞伎や歴史上の人物の

武勇伝などを題材にしたねぶたの姿は

まるで命が吹き込まれているようだと

さちさんは言う。


暗くなり始め

灯りが入った極彩色豊かなねぶたが近づいてくると

その前後に続くお囃子部隊、

そしてハネトと呼ばれる踊り子達が、

「ラッセーラー!」と声をあげ、

観客を大いに盛り上げる。


「来だな〜!こら、じゃわめぐ〜!(ゾクゾクする)」


さちさんは迫り来るねぶたに見下ろされ、

かっと目を見開いて笑った。


私は初めてのねぶたに

ただただ興奮している。


「なんか凄ぉっ!!」


すると先生と風子さんも

ねぶたを見上げて笑っている。


「相変わらず、すげぇな」


「アハハ!やっぱねぶた最高〜!」


ねぶたに照らされた先生の横顔が

少年のように見えたから、

私は心の中のチビちゃんを引っ張り出し、

自分の膝の上に乗せた。


「ほら、チビちゃんも見て!」


するとあんなに生意気だったチビちゃんが、

ねぶたの迫力に圧倒されて、

泣きながら私にしがみついてきた。


妄想なのに

その柔らかい感触がリアルに感じた。


「フフフ!可愛いとこあるじゃん!」


そう言うと

顔を上げてまたアッカンベをしてくる。


「もぅ!!」


私にしか見えていない

祭りの賑わいに乗じてやり取りをしていると

さちさんが目を丸くしながら

私に話しかけてきた。


「菜穂子ちゃん、何が見えんの?」


「えっと…笑われちゃうと思いますが…実は…」


チビちゃんの存在をそっと打ち明けると

さちさんは冷静に聞いてくださり


「そいは座敷わらす(座敷わらし)だ」


座敷童ざしきわらし!?」


「そんだ。普通は大人になっと見えねぐなる。したっきゃ菜穂子ちゃんは心が綺麗だはんで、見えんのがもすれね」


「私…てっきり子供の頃の先生の幻が見えているのかと思ってました…」


「もすかすっと、うちにいだわらしに、大樹くんが置いでっだ記憶が乗り移っだんだびょん」(もしかすると、うちに居た座敷童に、大樹くんが置いていった記憶が乗り移ったのかもね)


「……!」


「大丈夫。悪さはすね。むすろ、見えだもんには幸福さ与えるいい子達なんだ」


さちさんはそう言って笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る