第13話 つゆ焼きそばの思い出

白石を連れ、

子供の頃の思い出の地を巡っている。


こんな事をして何になるのかはわからない。


だがこうして過去を振り返っていると、

自分の中に眠っていた

追憶の哀愁に胸が締め付けられる。


「大樹ぐんは将来、何になりでんだ?」


亡き爺ちゃんから

そう聞かれた事があった。


俺はその時、何も浮かばず

「わからない」としか答えられなかった。


だが爺ちゃんは笑いながらこう言った。


「わがらねでいんだ。一生懸命、生ぎでさえいれば、いずれ『こいだ!』ってもんが見づがるもんだ」


あの時、何でもいいから

将来の夢を答えれば良かった。


ちゃんと答えなかったのは、

ガキの頃から可愛げの1つもなかったこんな俺に、

無償の愛を注いでくれたあの大きな存在が、

いつまでもいなくなる事はないと

信じて疑わなかったからだ。


ここに来ればいつでも会えるし、

この先もずっと

自分を見守ってくれる存在だと思っていたから…。


初めて墓参りをし、

医者になった事をようやく報告した。


爺ちゃんはたぶん

あの頃と変わらぬ笑顔で

口癖だった「たまげだな〜!(驚いたな〜)」

を言ってくれたに違いない。


こんな風に

後悔ばかりを繰り返してきた俺に、

白石はあっけらかんと言う。


「後ろ向きだっていいじゃないか!」


何事にも懸命で

転んでも前向きに進んでいく奴なのに、

こんな一面があったのかと驚かされる。


いつもバカな事を言って

ニコニコ笑っているその一方で、


本当は誰より傷つきやすく、打たれ弱い。

繊細さと芯の強さを持ち合わせた人だったのだと、

この追憶の旅で初めて知った。


「せんせ?まだですか?空腹が限界です!」


「もうすぐ着くから、ちょっと待ってろ!」


三内丸山遺跡を出て

腹が減ったと騒ぐコイツに、

思い出の味を教えてやりたくて

黒石という街に向かった。


その街は青森市の南西にあり、

桜で有名な弘前ひろさきにも近い。


昔、姉貴や他の子供達と一緒にここに来て、

もみじ山と呼ばれる山で

虫をとったり川遊びをして過ごした。


昼は爺ちゃんのおごりで、

街の名物である焼きそばを皆んなで食べた。


小さな店だったが

今思えばおもむきのある店だった。


黒石は弘前藩の支藩が置かれた名残で

古い街並みが残り、

木造の火見櫓ひのみやぐら

『こみせ』と呼ばれる木造アーケードが

当時と変わらず残っていた。

その一角にその店がある。


「ここだ」


「すでにいい匂いがします!」


甘いソースの香りに

胸を高鳴らせている白石のために

ここの名物を注文した。


「ご注文は?」


け焼きそばを2つ」


すると白石は

首を傾げて俺を凝視している。


「何だよ…」


「だって先生、さっきは『つゆ焼そばだろ!』っておっしゃってたのに、今は『化け焼きそば』って…」


黒石焼きそばとは、

もっちりとした平打ちの麺を

濃いめに味付けした焼きそばの事で、

そのまま食すのも美味いのだが、

更にそこへ蕎麦つゆをかけて食す

『つゆ焼そば』というものがある。


そのどちらも楽しめるのが

この店ならではの「化け焼きそば」だ。


「お待たせしました。化け焼きそばです」


出てきたそれは

普通の黒石焼きそばで、

トッピングに天かすとネギ

そして『つゆ』が付いている。


最初は普通に焼きそばとして食べ、

途中からつゆや天かすを加えて

つゆ焼そばにして楽しむというものだ。


それを教えてやり2人で食べ始めると


「ん〜っ!!美味しい!!」


予想通り、モグモグ頬張りながら喜んでいる。

その様子を時々確認しながら

久しぶりに口にした懐かしい味に、

どういうわけか目頭が熱くなる。


あの頃の景色が

走馬灯のようによみがえり

ここにいるはずもない爺ちゃんや

あの時のメンバーが幻のように見えた。


「せんせ…?目が真っ赤です。寝不足ですか?」


俺をダークヒーローなどと言うだけあって

涙を流すような人間だとは

微塵も思っていないらしい。

だがかえって、今はそれで良かったとも思う。


「昨夜…誰かさんが暴れて眠れなかったからな」


「え!?そんなに寝相ひどかったですか?」


「ひどいなんてもんじゃねーよ…」


「ご…ごめんなさい…いつもより緊張しながら寝たので、てっきり大丈夫だったかと…」


「は?あれで?」


「だって、先生が隣にいると思うと…ドキドキしちゃって…」


「秒で寝落ちてたぞ!」


「あれ?おかしいな…」


「あれぞ『ねぶた』だな。お前って、寝てる時もお祭り騒ぎだよな?本家の祭りより騒がしいって、なかなかだぞ」


そんな皮肉を言うと

白石は小声でこう言い返してきた。


「先生だって…怖くて私にしがみついてきたくせに…」


「……!」


すっかり忘れていた昨夜の出来事をつつかれ、

途端に気まずくな理、

何も言い返せないまま、

慌ててソバをすすった。


店を出てから

近くにある『もみじ山』に行き、


虫を捕まえたり川遊びをした思い出を聞かせ

他にも巡りたいところは山ほどあったが、

夜の祭りが控えているからと

ひとまず津島家に引き返した。


「ただいま帰りました〜!」


「遅くなってすいません」


だがそこで

思いもよらぬ事態に陥る。


「大樹!菜穂子!おかえり〜!!」


「……!?」


「ふ…風子さん!?」

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