第12話 ここに来た意味

「初恋の人だ」


「……!」


やっぱりそうだったんだ…


典子さんに初めてお会いした時から、

そんな予感がしていた。


なんとなく

典子さんと話している時の先生は

照れているというか

見たこともない柔らかい表情だった。


もっとも典子さんには

もう修さんという素敵な旦那様がいらして、

立派な既婚者だけど…。


先生はあんな風に

素敵な歳上の女性がタイプなのではと、

女の勘というものが働いた。


普段は全く心が読めないのに、

知らなくて良かった事実は当ててしまう。

なんて損な性格…


「聞いといて黙んな!」


「だって…当てちゃったので」


「初恋なんて大体がぼんやりしたもんだろ。ガキの頃に、綺麗で優しい姉ちゃんだなって。うちのバカ姉貴と比較して憧れただけだ」


「へぇ…」


「くだらないこと考えんな!」


「くだらなくないですよ…」


先生の顔をまともに見られず、

外の景色だけをぼんやりと見ていた。


少しすると

リンゴ畑に囲まれた墓地に着く。


「ここって…」


「悪いが、先に墓参りさせてくれ」


「は、はい…!」


そこは

最後のお別れができなかった事を

先生がとても悔やんでいたお爺さんのお墓だった。


とても見晴らしの良い丘の上からは、

稜線の美しい岩木山や津軽平野が見えた。


先生は用意していたお花を手向たむけ、

私にもお線香を渡してきた。


「私もお参りしていいんですか?」


「あぁ、そうしてくれ」


墓前で先生と一緒に手を合わせる。

長く目を瞑ったまま

手を合わせ続ける先生を見て、

私は何度も目を瞑り直した。


穏やかな風がスーっと吹いた。


もしかすると

お爺さんが先生に会いに来てくれたのではと、

思わざるをえなかった。


この時、先生の隣で一緒になって目を瞑り、

手を合わせているの姿が私には見えた。


私が心の中で東京から連れてきた

幼き日の先生だ。

勝手にと名付けている。


けれど彼は突然私に向かって

アッカンベーをしてくるから


「あ〜っ!こら!そういう事しちゃダメでしょ!?」


思わずその幻に向かって声をあげてしまう。

すると先生は目を見開いて


「は?お前…何言ってんだ?」


「あっ…そっか。先生には見えてないんだ」


「いったい何が見えてんだよ…。気味悪いこと言うな!」


「だってチビちゃんが、私に生意気な態度とるんですもん!」


「だから昨日からなんだよ。そのチビちゃんってのは…」


「信じてくれなくて結構です!私が勝手に連れてきてるので!」


「バカ…そろそろ行くぞ」


「はい!」


先生は去り際に何度もお墓を振り返っていた。

私はそんな先生と並んで歩き、

一緒になって振り返り続けた。


他に誰もいない丘の上で

なんだか気分が高まり

こんな事を叫んでしまった。


「後ろ向きだっていいじゃないか〜!」


思いのほか大声が出てしまい、

リンゴの木で羽を休めていた鳥達が

慌てて飛びたってゆく。


「はぁ?なんだよいきなり…。お前、頭大丈夫か?」


「あ〜っ!スカッとしました!私、前から思ってたんですよ。『何事も前向きに』っていうポジティブの押し付けみたいな風潮。なんか違うなって」


「意外とひねくれてんな」


「アハハ!そうかもしれません。でもそれ、先生には言われたくありません!」


「うるさい…」


「前向きになる事も大切ですけど、時には後ろを振り返って、楽しかった事や苦しかった事を思い出しながら進んでいった方が、自然だと思いませんか?」


「そんな事…考えたこともない」


「じゃあ、私が先生の分まで考えます!」


「……。」


「もし、先生が道をはずれて迷子になってしまったら、私が見つけに行きます!それと…先生が後ろを振り返るなら、私も一緒に振り返りますし、先生が前に進んだら、私もそれに続きます!」


「じゃあ、俺がダッシュで逃げたら?」


「追いかけます!どこまでも!」


「とんだ罰ゲームだな…」


先生はそう言って笑った。

これでいい、これで良かったんだと

自分が青森まで来た意味が、

この時ようやくわかった気がした。


先生はたぶん

1人ではここに来れなかったのだと思う。


昨夜、花火を見ながら

その話を打ち明けてくれた時、

私まで胸が苦しくなった。


後悔してもしきれないことを抱えながら

月日だけが過ぎてしまう。


時が経てば経つほど

その思いが大きくなり、

だからこそ

今日までここに来れなかったのかもしれない。


あの時、私は何も言えなくて、

一瞬チビちゃんに見えた先生の手を、

強く握りしめてしまった。


昨夜、先生が私にしがみつくように眠っていたのも、

きっと仕業しわざだろう。


その後、三内丸山遺跡さんないまるやまいせきに行き、

先生が子供の頃に夢中になったという

縄文時代の大規模集落の跡を歩いたり、

出土された土器や土偶などを見学した。


「あの土偶、お前に似てんな」


「なんかひどぉ!」


広大な敷地を歩き疲れ、

そこを出る頃にお腹がグゥと鳴ってしまう。


「すみません。腹時計が正確で(笑)」


「そろそろ昼か」


「あのぉ、何か食べません?この辺の名物って…えっと…」


ご当地グルメを検索しようとすると、

スマホを取り上げられた。


「ちょ、ちょっと先生!今、調べてたのに!」


「必要ない」


「てことは、お昼どこにするか決めてたんですか?」


「決まってんだろ」


「……?」


「津軽つったら、つゆ焼きそばだろ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る