第9話 酸ヶ湯温泉

「よしっ!」


気合いを入れて仙人風呂に入っていくと

女性側は入湯するまでのスペースに

目隠しが作られていた。


なるほど。

例え裸で入っても

男性に見られずにお湯に入ることができるのか。


と、ややほっとしつつも

お2人が躊躇ちゅうちょなくスタスタ入って行くから

うつむきながら後に続いた。


そして湯船にドボンと浸かる。


さっき無意識に腕を掻いたところに

酸性のお湯がピリリとしみた。


「うわぁ!痛〜っ!」


「アハハ!掻いだらいてべ」


「だども、それがクセになんの!(笑)」


白濁したお湯に体が隠れ

ようやくリラックスしてくる。


見上げると天井が高く

柱が一本もない広々とした空間であることがわかった。


仙人風呂と名付けられただけあり

テニスコート一面分ほどのスペースに

大きな湯船が2つある。


見渡すと視界に男性達の姿が飛び込んできて

おのずと目を背けてしまう。


どうしよ…

先生もこの中に…


ドキドキしてしまい

さちさんのお話を聞き心を落ち着かせる。


「こごはヒバを贅沢に使っだ温泉小屋さ」


「へぇ…」


よく見ると私達が浸かっているスペースに

男性達が入ってこない。


理由を聞くと、混浴と言っても

基本的には男女のスペースが

暗黙の了解で分かれているらしい。


なんだ。そういうことか。

良かった…


それでも怖いもの見たさで先生を探してしまう。


すると離れた湯船の方から

こちらに手を振っている修さんを見つける。

その隣に先生がいた。


「お〜い!やっぱす来だんだな〜!」


「あっ!先生と修さんだ!お〜い!」


思わず身を乗り出して手を振り返した。

お風呂に浸かっているだけなのに

カッコ良すぎる先生。

その姿に思わずニヤけてしまう。


「2人ども気持ち良さそだな!」


「ですね〜」


先生は私と目が合うと

すぐに背を向けてしまった。


せっかく手を振ったのに

私のことは無視だ。


やっぱり、私に興味ないんだな…


ちょっとだけ落ち込みながらも

『先生と混浴したという実績は一生残る』と

妙に誇らしくなり

小さくガッツポーズをした。


「こごの湯さ、あずましいべ?」


さちさんがそう言った。

またしても難解な津軽言葉だ。


「え?あずましい?」


すぐさま典子さんが通訳する。


「温泉、気持ちいいが?って聞いでんの」


「あっ…はい!とっても!」


気持ち良すぎて浸かりすぎた私は

頬っぺがリンゴのように赤くなったまま

お風呂を出た。


そしてお風呂上がりの先生を見つけて

すぐさま駆け寄った。


「せんせ!お風呂、気持ち良かったですね!」


すると先生はすこぶる不機嫌な様子で

瓶に入った牛乳を一気飲みし、

怒ったようにこう言った。


「なんで入った…」


「え?なんでって…ダメでしたか?」


「お前が来るってわかってたら、俺は入らなかった」


「どうして…」


「自分で考えろ!」


それから他の皆さんとも合流した。


外は気温20度を下回り、

火照ほてった体に清々しい風を浴びる。


なんとなく先生と会話ができなくなり、

私は典子さんが運転する助手席に座った。


「こごもいげど、この辺は他にもいい湯さあっで、猿倉温泉、谷地温泉、蔦温泉。それぞれ趣ぎが違うの」


「黒石にはランプのお宿っつー『青荷あおに温泉』もある。そごもおすすめ!」


「へぇ…」


せっかく皆さんが

一生懸命もてなしてくれているというのに、

先生に冷たくされただけで

気分が落ち込んでしまう。


お屋敷に戻ると

スイカを切ってくれたり、

畑に行こうと誘っていただき、

トウモロコシなど野菜の収穫をした。


申し訳なさすぎて夕飯のお手伝いをし、

そのうち気分が晴れてきた。


けれど包丁使いに手こずっていると

さちさんがお手本を見せてくださりながら


「何事も、難すく考えちゃまいね(難しく考えちゃダメ)ほんに必要だば、少すずづできるようになるもんだ。んだがら、焦っちゃまいね(あせらないで)」


「はい…」


さちさんは、もしかしたら気づいている。

私と先生がではないことを。


けれどなぜか黙っていようと思った。


それは先生に怒られるからではなく、

そういうことにしておいた方が

さちさんや亡きお爺さんの為なのではと、

薄っすら先生の気持ちが理解できたからだ。


きっと、さちさんも

そんな先生の思いを汲んでいるのだと思う。


夕食はお庭でバーベキューをした。


途中、お仕事から帰ってきた典子さんのご両親

君子きみこさんと賢也けんやさんも合流した。


「初めまして!白石菜穂子と申します。お邪魔して申し訳ございません!」


「ご無沙汰しています」


先生と並んで挨拶をすると

君子さんも賢也さんも気さくに返してくださった。


「いねいね〜!(い〜のい〜の!)気にしねで?こっちゃさ息子夫婦が帰っでぎだような気分になっでんだ!」


「2人とも、実家だど思っでくつろげじゃ!」


津島家は代々地主を務めてきた家で

亡きお爺さんは農協の重職についていたらしい。


息子さんである賢也さんも農協に勤め、

定年退職してからは

家族4人で広大なリンゴ畑を営んでいるらしい。


この時期は秋の収穫に向け繁忙期だという。


そんな時期に来てしまったのだと

申し訳なくなり、私は手伝いを買って出た。


「でしたら何か、お手伝いさせていただけませんか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る