第10話 花火

夕食は庭でバーベキューだった

そうだ。いつもこんな感じだった。


ここに最後に来たのは20年くらい前。

いや、もう少し経っているか…。


とにかく典子姉ちゃんと修くんの

結婚式以来ということは間違いない。


途中、おばさんとおじさんも合流すると


「何かお手伝いさせていただけませんか?何でもやります!」


などとアイツが言い出し、

面倒な空気になる。


かえって気をつかわせてしまったのか

しつこく手伝いを申し出る白石に

君子さんはこう言い聞かせた。


「したらば、朝、畑さ手伝ってくれる?朝ごはんの前まででいはんで!そんで一緒に帰っでぎで、まんま(ご飯)食っだら2人で出はりなさい(出掛けなさい)。車貸すはんでね!」


「はい!宜しくお願いします!」


「……。」


農家の朝は早いからと

夜は早めに解散になった。


だがまだ夜の7時前だ。

しかも寝室はアイツと同室。


寝られるわけがない。


君子さんや典子さん達は

離れと呼ばれる新居に帰って行った。


だからこの屋敷には今、

婆ちゃんと俺達しかいない。


その婆ちゃんはすでに就寝し

母屋は静まり返っている。


先に部屋に戻りゴロンと横になる。


静かだ。

車の音も人の足音すらしない。


婆ちゃんが「まだ結婚前だから」と

さっき衝立ついたてを持ってきて

2つの布団はそれで隔てられた。


だがそれがかえって気まずさを増した。


なかなか部屋に入ってこない白石は、

恐らくある事ない事考えて

ここに来れないのだろう。


「しょーがねーな」


探しに行くと

縁側にこしかけて空を見上げていた。


俺も隣に座り

同じように見上げると

夏の夜空に数多あまたの星がきらめいていた。


「凄いですね。どうして東京では見えないんでしょうか」


「明るすぎるからだ」


「本当は同じようにそこにあるのに、明るさで見えたり見えなかったりって、なんだかもどかしいですね」


「見えなくたっていいだろ」


「え…」


「目に映るものだけが全てじゃない。俺はむしろ見えない方がいいと思う」


なぜそんな事を言ってしまったのかわからない。

コイツといると

しなくてもいい会話をしてしまうところがある。


白石はそれ以上、

何も言い返さなかった。


普段、口ごたえだけは達者だから

ものわかりが良いと調子が狂う。


混浴に入ってきた事をキツく言い過ぎたせいか

あれからあからさまに大人しい。


言い訳だが

女風呂に入ると言っていたくせに

突然入ってきて、

あんな薄っぺらな湯浴み着で

無防備に身を乗り出して手を振ってきた時、

言いようのない怒りが沸き上がった。


なぜだ…


他の奴だったら何とも思わない事を

コイツに関してはいちいち目についてしまう。


あんなもん着るくらいなら

まだ裸の方がマシだと

腹が立って仕方なかった。


夜空を見上げながら

そんな事を考えていると

白石がポツリと呟いた。


「私、やっぱり明日帰ります」


「は?散々巻き込んで、途中で放り投げんな」


「でも…先生の恋人役なんて私にはつとまりません。なので明日、畑のお手伝いをしたら帰ります」


ここまで振り回しておいて

ふざけんなと思ったが、

またさっきのような言い方をしたら

たぶん次は泣かせてしまう。


「ちょっと付き合え」


「…?」


懐中電灯を手にし門を出ると、

戸惑いながらもついてくる。


山裾の長い林道を下っていくと

パタパタとサンダルを鳴らし俺の後ろを歩く。


真っ暗なその道を照らしながら

横並びになった。


「どこに行くんですか?さちさんに言わなくて大丈夫ですか?」


「もう寝てるから」


この長い下り坂からは

青森市内がよく望めた。


木々が途切れ

見晴らしの良い道端で立ち止まる。


「こっちに来た時、よくここで見てた」


「何をですか?」


俺ばかりを見ている白石を

街の方に向かせ懐中電灯を消した。


「もうすぐ始まる」


そう言った直後

花火がドンと打ち上がった。


「わぁ!綺麗〜!」


それは青森ねぶた祭り前日の夜に

市内各地で行われる前夜祭の1つである

浅虫温泉花火大会の打ち上げだった。


浅虫温泉は青森港からもほど近い

海岸沿いにある温泉地だ。


会場に行くよりも

ここから見た方が綺麗だと

昔、爺ちゃんから教わった。


「花火見下ろすなんて贅沢〜!」


「だな」


この1番の特等席を

誰かと共有する日がくるなんて

思いもしなかった。


打ち上がる度に

その振動がここまで伝わってきて


それに驚いたり拍手をする白石と

時々、目を合わせては笑い合った。


花火を見ながら

これまで誰にも言えずにきた思いを

なぜか話してしまう。


「俺、ここの爺ちゃんが死んだ時、受験を理由に葬儀にも来なかった。それどころか、墓参りすら…」


遠くで花火が輝く中、

白石は向こうを見つめたまま

こんな風に返してきた。


「来なかったんじゃなくて、来れなかったんですよね?」


「そんなの…自分勝手な言い訳だろ。俺は…あんなに良くしてもらった人がこの世からいなくなった時、別れの挨拶もしなかった恩知らずな男だ。昔から…そういう人間なんだ」


だから俺の事は忘れろ

そう続けようとしたが言葉に詰まった。


すると白石はそれ以上は何も言わず、

俺の手を握ってきた。


俺達はそのまま

花火が終わるまで

言葉を交わさなかった。

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