第7話 どさ、ゆさ、んだ

まさかの手塚先生登場に驚きながら

お婆さんのお宅にあがろうとしたその時、

先生から耳打ちされた衝撃の一言に

私はさらに度肝を抜かれた。


「ここでは俺の恋人のふりしてろ」


どうしてそんな事を…?


そう戸惑いながらも

先生の睨みがいつも以上に刺さり、

質問すら許されないまま中に入った。


「お邪魔します…」


外観は農家の大きな家といった感じだったけど、

中はリフォームされていて

台所やお手洗いなどは近代的だ。


広い和室の居間や

ピカピカに黒光りした長い廊下。

日当たりの良い縁側もあって、

奥にはモダンな洋室もあるらしい。


「わぁ!広〜い!」


典子さんが

客間まで案内してくださった。


「こごらは都会ど違って土地だげは有り余ってっがら(笑)とりあえず、2人が泊まる部屋はこごね!」


「え……」


そこはこの家の中で最奥にある和室で、

どうやら客室として使われているらしい。


まるで旅館だ。


すでにフカフカなお布団が2組敷かれ

どう考えても今夜、

ここに2名泊まるよう準備されている。


慌てて先生を見ると

「黙ってろ」と言わんばかりにまた睨まれるから

何も言えずに荷物を置いた。


「あの…でも私、風子さんに宿を取ってもらったので…」


すると修さんがにっこり笑って


「んだがら!それがこご!」


「え!?ここ!?」


風子さんが手配したと言っていた宿の名は

『津島家』となっていた。

てっきり私は津島家つしまやという旅館だと思っていた。

まぁ、旅館並みではあるのだけど…


「そ、そういうこと!?」


「すいません。コイツ何か勘違いしてたみたいで…」


「アハハ!面白おもしぇ子だね〜!だども、めごぇがら(可愛いから)許す!さっ!お昼にすっべ!」


「ほら!見づめ合ってねぇで早くこっちさ来い!」


典子さんと修さんが部屋から出て行き、

先生に小声で話しかけた。


「せんせ?私、お土産も用意してなくて…」


「持ってきたから大丈夫だ」


先生はそれから

お婆さんに「白石から」なんて嘘をつき、

手土産を手渡していた。


「どうもねぇ(ありがとう)仏壇さそなえっがら、そこさ座って?っちゃも喜ぶべ」


先生がお仏壇の前に座り手を合わせている。

私もその隣に行き一緒に手を合わせた。


優しい笑顔のお爺さん。

その遺影を見つめている先生は

心の中で何か話しかけているようだった。


広くて明るい居間に移動する。

青森ヒバの大きな座卓には

夏野菜をふんだんに使った手料理が並んでいる。


「わぁ!美味しそう〜!」


「食べで食べで〜!」


「いただきます!」


茄子漬け

イカメンチ

ささげの炒めもの

豆漬け(枝豆の漬け物)

ミズの水物(ミズとホヤの昆布出汁漬け)

長芋のサラダ

根曲り竹と凍み豆腐の炊き合わせ

絵巻寿司(お花の模様が入った太巻き)

けの汁(具沢山の汁物)


どれも滋味深い味で

実家に帰ってきた安心感すら感じてしまう。


「どだ?うめが?」(どう?美味しい?)


「ほんっとに美味しいです!!」


「えがった〜!都会の人の口に合うべが?て心配すんぱいしだった。したっきゃもっど食べて〜。がっぱ(たくさん)作ったはんで!」


「遠慮すねでな?わけぇ人が食っちゅっどご見るのが、わー(私)の楽すみだ」


言葉こそ違えど皆さんのお話と手料理に

九州の田舎育ちの私は親近感しかない。


そうしていくうちに段々会話が弾み、

修さんが手塚先生に話しかけている。


「すかし大樹くんは凄ぇねぇ!ほんに医者様になったんだべ?」


「まぁ…はい…」


典子さんも興味津々といった感じで

先生に質問をした。


「いづだっけ?医者さなるっで決めだの。やっぱす(やっぱり)お父さんの影響?跡継がねばって思ったの?」


先生のご実家は横浜にあり、

祖父じい様の代から開業医だと聞いたことがあった。


でもなぜ先生はそこを継がず勤務医を続けているのか、

そもそもなぜ医者になったかなど、

詳しく聞いたことがなかった。

先生の顔を覗くと困ったように笑っている。


「親父の影響も確かにあったけど…それだけじゃないです」


「へば、なすて?あっ、わがった!医療系ドラマ見で憧れだんだべ?そいだばわがる!振り返れば奴がいるとが医龍とが、ドクターXとが!そったのだべ?」


「アハハ!修ちゃん!ちょっと古いんでね?大樹くんも菜穂子ちゃんも、わがんねぇわ!」


「ドクターXはわかりました!」


「俺は一通り見た」


「え!?先生、ドラマ見るんですか?」


「医療ものはな」


意外な一面に驚きつつ、

なぜ先生が医者を目指したのか益々気になった。

すると先生は観念したように話しだした。


「夏休みによくこっちに来てた頃、ここの爺ちゃんに山遊びや川遊びを教わって、それがめちゃくちゃ楽しくて…」


話しながらいろいろ思い出しているのか

時々微笑む先生。するとお婆さんが


「んだか。大樹くんは都会育ちのおとなすぃ子だど思っちゃーがら、爺っちゃも心配しでだんだよ?こごさ来ても退屈なんでねがって。んだども(でも)そったごど思ってぐれぢゃーんだね?どうもね〜(ありがとう)」


「いや、お礼を言うのは俺の方です。なかなか皆んなと馴染めなくて…。それでも良くしていただいて感謝していました。」


「いんだよ?そっだらこと。わんどもなんどの顔見るのが毎年楽しみだったのさ」

(いいんだよ、そんなこと。私達もあなた達の顔見るのが毎年楽しみだったんだよ)


さちさんのご主人、

つまりここのお爺さんはもう亡くなっている。


そして、普段は言葉少なめな先生の口から

医者になったその理由が明かされてゆく。


「ここに来るたび、爺ちゃんの調子が悪くなっていて。その時はどうする事もできませんでした。それまでは医者になろうとは思ってもなかった。でももし、自分が医者になったら、助けてあげられるんじゃないかって…そう思うようになりました」


私はそこに居たわけでもないのに

当時の光景が脳裏のうりに浮かんだ。


チビ先生とお爺ちゃん。

2人の姿がぼんやりと浮かぶ。


典子さんはびっくりした顔で


「じゃあ、っちゃの影響で医者さなっだの?」


「きっかけはそうだったと思います。結局、間に合いませんでしたが…」


先生が話し終えると

さちさんは目に涙を浮かべながら

「ありがどね」と言って台所に行ってしまった。


どことなく先生の横顔が寂しそうに見えたけれど

私は何も言葉をかけられなかった。


食事が終わると

さちさんが声を張り上げてこう言った。


「さっ!行ぐべ!」


「婆っちゃ、どこさ行ぐの?」


「ゆさ」


「んだ」


短い言葉でやり取りが終わり、

皆さんそそくさと出かける準備を始めた。


私だけが状況を飲み込めず、

広い居間に取り残された。


「ゆさ…?」

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