第6話 合流

最小限の荷物と姉貴から受け取った航空券を手にし、

あと先考えずにマンションを出た。


何で俺が…


そんな事が頭によぎったが、

体は勝手に動いていた。


青森空港に着くと

わかっていたかのようにアイツからLINEが届く。


『無事に到着しました!』


久しぶりに降り立った青森の地は、

あの頃と変わらないように見えた。


だが感傷に浸っている場合ではない

姉貴から聞かされた重大な話を

一刻も早くアイツに知らせなければならない。


返信からしてまだそれを知らないし、

とも合流していないはずだ。


呑気のんきに風景画像を送ってきたから

それに対してこう返した。


『そこで待ってろ』


だがすんでのところで間に合わなかった。

奴から返ってきたメッセージに頭を抱える。


『今、先生のご親戚の方とお会いして、これからおうちにお邪魔させていただく事になっちゃいました。すみません!すぐおいとましますので!』


「マジかよ…」


津島の家にタクシーを急がせた。

車窓から懐かしい街並みを流し見ながら

姉貴が耳打ちしてきた話を思い出す。



「やっぱりさぁ、菜穂子が1人で行動するのがどうしても心配でね。向こうに連絡したの」


「何で……」


「そしたら典子姉ちゃんと修ちゃんが迎えに行ってくれるって言うからお願いしたんだけど、大樹と菜穂子はどういう関係かって聞かれたから、つい、って言っちゃったんだよね」


「はぁ!?何でそんな嘘ついた!」


「だってよく知らない人を受け入れられると思う?そりゃあウチらはあの子の事を知ってるから安心して家に上げられるけど、田舎ってそのへんおかたいじゃん」


「あのなぁ。そもそもアイツは1人旅しに行ったんだぞ?あんま干渉すんな!」


「だってアンタの思い出の地を巡る旅だよ?どうせ近くまで行くなら、向こうの人達と会えた方がいいでしょ。となると事前にそう言っておけば良くしてもらえるかな〜って。それにあながち間違ってはいないでしょ?」


「間違ってる!大間違いだ!」


「とりあえず、そういうことだから、あとは宜しく!」


「はぁ!?…」



そんなやり取りがあった事など

アイツは何も知らない。


とにかくバカ姉貴が撒いた種を

弟である俺が責任もって回収しなくてはならない。


俺の心とは反対に広い空は澄み渡っていた。


空港も帰省と思われる人々で混雑していたが、

街中も交通渋滞がおきなかなか進まない。


観光バスまでひきりなしにすれ違うから、

祭りを見に来た県外からの観光客も押し寄せているのだろう。


弘前ねぷた、青森ねぶた

五所川原立佞武多ごしょがわらたちねぷた、黒石ねぷた


短い夏を惜しむように

津軽地方で一斉に祭りが始まる。


特に青森ねぶた祭りは

青森市の人口を遥かに上回る観客が

この7日間に押し寄せる。


街中を過ぎると

八甲田山の麓にあるその屋敷が近づいてくる。


タクシーを降り中に入ろうとするも

門扉が閉まっていて人の気配もない。


「早かったか…」


しばらくそこで待つ事にし周囲を眺めた。


あの頃と何も変わっていない。

山のざわめきや蝉の鳴き声までも。


母屋の裏手にあるヒバの木や

庭にある柿の木とリンゴの木


昔ながらの平屋の家だが

俺達が爺ちゃんと呼んでいた亡き大叔父の趣味で、

暖炉だんろのある洋間もあって

そこにはグランドピアノが置かれていた。


その部屋の窓だけステンドグラスになっていたが

門からもそれが確認できて妙にほっとする。


「懐かしいな…」


物思いにふけていると

車が1台入ってきて目の前で停まった。


よく見ると運転席と助手席に

子供の頃に世話になった典子姉ちゃんと修くんが乗っている。


「ご無沙汰してます」


車から降りてきたその2人に挨拶をした。

久しぶり過ぎてやや堅苦しい感じになってしまったが、

2人はあの頃のように気さくに接してくれた。


「大樹くん!ひさすぶりだな〜!やっぱり男前になっだねぇ!何年ぶりだ?」


「立派になっだなあ。確かわんど(俺達)の結婚式以来でね?」


「たぶんそうですね。あの時はまだ高校に通ってたので…」


すると後部座席から

大叔母にあたる『さち婆ちゃん』と

婆ちゃんに手を貸して一緒に降りてくる白石が出てきた。


「先生!どうしてここに!?」


「それは……」


この人達の前で事情を言うわけにはいかず口篭っていると、

さちお婆ちゃんがこんなことを言ってくる。


「大樹くんのは、どった子がど思ったっきゃ、こっだめごぐで気さぎぐ子だば、ご両親も安心すてらんでねぁ」


家や景色は何も変わっていないのに

久しぶりに会った婆ちゃんは、

ずいぶんと歳をとってしまったように見えた。


婆ちゃんと爺ちゃんの津軽弁は昔からよく聞き取れなかったが、

なんとなく言っていることはわかった。

今は恐らく、こんなことを言ったのだろう。


「大樹くんのいい人は、どんな女の子かと思ったら

こんな可愛いくて気がきく子だったとはね。

ご両親もさぞ安心しているでしょう?」


一瞬困ったが、ひとまずこう答えた。


「いえ、そんな事は…」


すると白石は目を見開き絶句している。

コイツ、まさか津軽弁を理解してんのか…?

いや、そんなわけない。

俺でさえ、なんとか聞き取れているくらいなのだから。

とりあえず詳細は後で説明する事にした。


立ち話をしていたが、

典子姉ちゃんが母屋に誘導する。


「さっ!中さ入っで〜!お昼まだだべ?色々用意すたはんで、とりあえず皆んなで食うべ!」


屋敷に入る前に白石に耳打ちする。


「わけはあとで話すが、ここでは俺の恋人のふりしてろ」


「え?恋人って、誰と誰が…」


「俺とお前に決まってんだろ!」


「……!?」

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