第31話 役目は終わった

 首領ボスには死亡したと報告したが、恐らく嘘だと気が付いているだろう。でも追求しなかったのは、リンが脅威になり得ないと知っているからだ。

 いいや、もしかしたら本当に死んだと思っているかもしれない。……どうだろうか。首領ボスの思考が読めたためしがない。

 マフィアは須らく首領ボスの駒だ。首領ボスが必要な時に、適切に動く道具だ。リンは、だっただけ。それだけだ。きっと、マフィアの脅威でないのなら、生きていても死んでいても興味が無いのだろう。


 託された服の切れ端をじっと眺めながら、俺は喫茶店で珈琲を飲む。

 これを渡してくれと云われたって、その『お人形さん』が何処に居るかなんて知らない。誰に聞けと云うのだ。……探偵社の糞眼鏡か怪力野郎でも尋ねてみるか?


「お困りかい? そのまま一生困っていればいいのに」

「手前に用はねぇんだよ、青鯖野郎」


 俺の前の席に勝手に座る太宰に、俺が追い払う仕草をするが、太宰は見えない振りをして勝手に注文する。

 俺が服の切れ端を仕舞うと、太宰はそれを一瞥しただけで、癪なことに中ててきた。



「リンがマフィアから抜けたんだろう」



 俺は否定しなかった。黙秘を貫くが、それは肯定と同義だった。

 太宰は更に、俺に云った。


「今回の仕事、君はほとんどする事が無かっただろう? いつも役に立たないけど」

「五月蠅ェな。手前に云われたくねぇよ」


 太宰は頬杖をついて、届いた珈琲の香りを楽しむ。


「今回、君がすべき事はリンの行く先を見届けることだった。云わば『観測者』だよ。だから、何もしないのが正解だった」

「なんだよ。慰めてんのか?」

「部下に捨てられるような不甲斐ない中也には必要だろう?」

「一番必要ねぇわ。つか、捨てられたわけじゃねぇ。リンが勝手に出て行ったんだ」


 すっかり太宰の思う壷になっていて、俺は云い返すのが莫迦莫迦しくなる。

 さっさと店を出て、此奴から離れるのが一番だ。

 俺は珈琲を飲み干して、自分の伝票を掴んだ。太宰は一人で優雅に珈琲を味わっていた。


「……リンは、中也が拾って正解だったよ」


 私だったら、持て余して殺していた。そう語る太宰の目に偽りはない。

 莫迦云え、なんて云ったらどう返すのだろうか。俺だって持て余していた。殺したいと思ったことだってある。でも、今ならそうしなかった理由が分かる。



「リンは、俺の前では人間だった」



 太宰は「そうだね」と、だけ。

 リンは心無き人形ハァトレス・ドォルだったかもしれない。でも、少なくとも、俺の前ではただの我儘な子供だった。

 だから、彼はマフィアで生きてこれたのかもしれない。これで拾ったのが太宰なら、リンは殺戮人形に仕立て上げられただろう。それこそ、芥川を凌ぐ強さを手にしていたかもしれない。


 太宰は俺をじっと見る。俺は太宰に背を向けた。


「——『お人形さん』は駅にいるよ。東北に向かう新幹線を待ってる。今から行けば、間に合うんじゃないかい?」


 太宰は俺に異能力者の居場所を教えた。

 俺がそうかよ。と云うと、どういう訳か「ご馳走様」と云う。

 俺が会計に向かうと、太宰の珈琲代が含まれていた。俺は切れそうになるが、リンが固執していた異能力者に届け物をする方が先だ。


「次会ったら殺してやる」


 悪態をつきつつ、俺は駅に向かった。


 ***


 駅では、太宰の云う通り、例の『お人形さん』が新幹線を待っていた。

 退屈そうに欠伸をして、日向を陣取って立っている。

 声をかけても、彼女は俺を知らない。

 ……どうせ、リンの届け物をするだけだ。


 俺は帽子を深く被って彼女に軽くぶつかった。



「すまねぇな」

「気にしぃな」



 ……変なしゃべり方だ。

 俺は彼女の服に、リンの服の切れ端を忍ばせる。

 彼女は案外早く服の中の贈答品プレゼントに気が付いた。俺はさっさと階段を降りて、駅の構内に紛れる。

 新幹線が到着した音を聞きながら、出口に向かって歩いていると、知らない電話番号から電報メールが入った。


『図書館のバイト受かったよ』


 俺は思わず笑みをこぼす。

 返信はしない。必要無いだろう。でも、電話番号は登録した。

 ——親愛なる糞餓鬼ディア・ドォルと。


 ***


 ——髪型を少しだけ変えた。

 襟足を残して切って、大人っぽくした。


 化粧も止めて、日焼け止めだけ。

 大人になった声が、ボクを人間にしてくれる。



 もう、ボクは人形でいなくていい。



 仕事の詳細は、先輩のアルバイトに聞けと言われた。

 その先輩は、図書館の東側にいることが多いという。


 ボクは本棚の間を歩いて、先輩を探す。案外、すぐに見つかった。

 大きな窓の下、脚立に座って本を読んでいる。


 意外とサボり魔なんだなぁ。

 ……ボクと一緒だ。



「あの、お仕事を教えてくれませんか?」



 ボクは先輩に声をかける。

 先輩は気だるげに振り向いたと思ったら、少し驚いたような表情でボクを見ていた。


「まだ来たばかりで、よく分かんないんです。笹船渡さんなら、教えてくれるって」


 彼女はボクを見て笑っていた。笑顔は、その仕草は、最後に見た時よりも人間味を帯びていた。……本当に、自然だった。

 彼女は本を閉じて脚立を下りた。

 厚底靴を履かなくても、身長は同じくらいまで伸びたよ。


「……アンタ、名前は?」


 そう聞くのが精いっぱいだったの? ボクより年上の癖に。

 ボクはくすくすと笑った。その笑顔は、ちゃんと年相応になれているかな。


「ボクの事、忘れちゃったの? ……お人形さん」


 彼女に分かるように、わざと裾が欠けた服を着ていたけど、必要なかったね。

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Heartless&Breaker 家宇治 克 @mamiya-Katsumi

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