#2 呼吸

  〔 2040年 12月25日 旧大阪市内 〕



 聖夜。街を行き交う人々の表情はみな幸せそうだ。恋人と過ごしたり、家族で買い物をしたり……そうやって、俺もしてみたかったな。22歳にもなって、一度も彼女が出来たことがないから、少し羨ましかったりする。

 街の喧噪をよそに、俺——白峰冬華しらみねとうかはそんな浮足立つ人々を眺めながらどこか険しい表情だった。


 ポポーン。


 俺の耳に装着されたNULL専用イヤフォンに本部からの受信許可の通知が届く。


『白峰さん、そちらの状況はいかがですか?』

「ああ、今のところ異常無し。ブリーフィング通り、このまま監視を続ける」

『了解しました。何かありましたらご連絡お願いします。サポートは任せてください』

「頼んだ」


 本部からの無線を切ると、俺はとある場所をじっと見つめる。

 そこには男女10人程度の集団が路上で酒や煙草を片手に談笑していた。その足元にあるマンホール。本部とのブリーフィングにて、この場所からピンポイントでE5ウイルスを高濃度で確認したという。


「いたって普通の場所だが……」


 と、監視を続ける俺の背後からなにやら気配がした。

 後ろを振り向く前に背中に感触を覚えた。


「やあ。後ろを振り向かずに話だけ聞けよ?あぁ、仲間に連絡するならお好きにどうぞ」

「……俺の背中に何を当てている?」

「さあ。なんだろうね。キミのご想像にお任せするよ」


 俺はどこか冷静だった。イヤフォンに軽くタッチする。本部と無線が繋がる。


『白峰さん、なにか動きはありましたか?』

「ああ。現在地点にて、怪しい人物と接触。身元は割れてるみたいだ」

『……了解しました。周辺の機動隊をそちらに移動させます』

「その必要はない。こっちは一人で十分だ」


 俺はそれだけ言い、本部との無線を切断した。すると後ろの人物は気味悪く笑うと口を開く。


「ほう。ずいぶんと余裕だね、NULLか?」

「正解」


 そう言い、俺は後ろを振り向き、そいつが手にしていたナイフを手首を捻って片手で奪い取る。もう片方の手を脚に装備していたガンホルダーに伸ばし、ハンドガンを手に取り相手の脇腹にあてる。この間わずか2秒。


「いってぇ……なにするんだよ」

「悪いな、力加減が下手でよ。まあ手首は折れてねぇから安心しろ」


 俺の背後にいた人物は全身黒の服装を身にまとい、フードを深く被っていた。

 フードの人物の身体に力が入った瞬間、俺は指にかけた引き金を引く。数秒後、音もなくその人物は地面に崩れ落ちた。


「ったく、ずいぶんと弱ぇな……」


 俺は地面に崩れたそいつを尻目に、再び本部と無線を繋ぐ。


『白峰さん、相手の情報が割れました。高濃度地点にE5ウイルスを撒いたのは彼で間違いありません』

「さすが、仕事が早いな。ちょうどそいつをやっつけたところだ」

『了解しました。……っ!!」

「どうした?」

『白峰さんの座標に高濃度ウイルス反応……来ます』

「あ?間違いなく―—」


 途端に背後から気配がした。俺が振り返り――


「ざんねーん」


 倒したはずのそいつは、気づいた時には遅く俺の後ろに立っていた。

 即座に俺は先ほどと同じようにそいつの手首をつかもうとした、が。0.5秒相手が上手だった。

 そいつは俺の脇腹になにかをあてがう。そして間もなく全身を何かが駆け巡るような感覚がした。

 こいつ……やりやがった。


「てめぇ……なにしやがった……?」

『白峰さん!バイタル値が急激に下がっています!!早くエイドプランを――』


 無線の声が最後まで耳に入る前に、相手の遠慮のない膝蹴りをもろに腹に食らう。


「ぐッ……」

「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?」


 俺に膝蹴りを食らわせたそいつは喜々とした表情で続けて回し蹴りの動作。寸手のところで俺はそれを回避し、後ろにバック。この間にも俺の身体の中で何かが駆け巡るような感覚が襲い続けていた。


「観念しろ。キミはボクに勝てない」

「……」


 俺は、収めたハンドガンに再び、静かに手を伸ばす。相手にその動きがバレていたかはわからないが、その瞬間に距離を詰めてくる。俺がさきほど奪ったはずのナイフを片手に。


「おしまいだ、NULL」


 身体が言うことを聞かず、短くも鋭いナイフの刀身が俺の腹に刺さった。刺された部分にひんやりとした感覚とともに激痛が走る。


「シラミネ、お前はいつも肝心なところで油断をする。非常に残念だよ」

「くッ……」


 刺された腹からは既に多量の鮮血が垂れている。

 死ぬ。そう確信したのと同時に、心臓の鼓動が早くなる。視界がだんだんと白くなっていき、足の力が抜けていく。

 地面に崩れた俺を嘲笑うかのように、そいつは深く被っていたフードを指でつまみ、ゆっくりと上げていく。しかし、そいつの顔を拝む前に俺の意識は――。


「ん?」


 直後、早まる心臓の鼓動が限界に達した時、身体の中で何かが爆発するような感覚が俺を襲う。

 それまで喜々とした表情を浮かべていたそいつは一瞬疑問符を頭に浮かべた。

 全身を駆け巡る何か。俺はその正体を暴いた。


「……ハァァ。あっぶねぇ」


 ゆっくりと呼吸を整え、俺は地面についていた膝をもう一度起こす。


「クイックエイド」


 俺が呟くと、腹に刺さったままだったナイフが徐々に身体から抜けていく。垂れていた血の量が少しずつ減っていき、刀身にべったりと血がついたナイフが地面に落ちる。


「貴様……一体何を」

「一つ大事なことを伝え忘れてたな」

「は?」


「——俺も、捕喰シャだ」


 瞬時に、俺はハンドガンに手を取りそいつの頭をめがけてトリガーを引く。

 サプレッサーを抜け、乾いた音とともに発射された弾丸はそいつの額の真ん中に命中する。


「グァッ!!」


 顔を歪めて被弾した場所を手でおさえるそいつの顔からは、先ほどの喜々とした気味悪い笑顔は消えていた。


「俺がお前らと違うのは、喰ったりしないことだ」

「シラミネ……貴様」


 立て続けに俺はハンドガンのマガジンキャッチボタンを押し、まだ弾の残るマガジンを捨てすぐさま装填する。


「レクイエム、オン」


 俺が呟くと、ハンドガンは刀身の長い一本の刀に形を変える。


「俺はE5ウイルスを体内に宿したまま、人間の姿を維持できる。通常の人間ならそのまま身体を蝕まれて終わりだが……」


 特異体質の人間の中でも、さらに有数の覚醒型特異体質を持つ俺は、たとえこいつらの攻撃を受けようと、あっさりとは倒れない。むしろ、受けた攻撃で体内に宿るウイルス作用をさらに爆発させ、力に変えることが可能。


「てめぇらがどこまでNULLのことを調べてんのかは知らんが、さすがに俺がそこらへんのぽっとでの隊員とは違うってことまでは、わからなかったようだな」


 俺はトリガーを引くと、刀身は微かなオレンジ色に光る。


「じゃあな、クソ迷惑ウイルス野郎」


 俺が刀身を一薙ぎする間、そいつは口をぽかんと開けたまま止まっていた。刀身がやつの身体を喰らうと、俺はトリガーを最大まで引き一気に横に振る。やつの身体は無残にも真っ二つになり、鈍い音とともにそれは地面に落ちた。

 俺は耳に装着するイヤフォンをタッチする。


「目標を始末した。予定より早いが帰還する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白の捕喰シャ 才木 蒼 @miz81

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ