白の捕喰シャ

才木 蒼

#1 喰われる者、喰う者

 深夜0時。賑やかな街の喧噪をはずれた、人気のない路地裏でうずくまる一人の男がいた。男の腹からは鮮血が流れており、男は苦悶の表情で、呼吸が整わない中、自らの手で腹部を抑えている。その指の隙間からも血が滲み、流れていく。


「回収完了……っと。悪いね、ボクたちは【コレ】がないと、生きていけないからさ」


 苦悶の表情でもなお、睨みつける男の視線を横目に、にやりと笑みを浮かべながら全身黒づくめで、フードを深く被った人物はそう言った。


「なんで……なんで……ッ」


 男は今にも遠のいてしまいそうな意識の中で、最後の力を振り絞らんばかりに声を出す。腹部を押さえる男のもう一方の手には、ナイフが握られていた。


「お前が、ボクを殺そうなんて愚かな真似をしなければ、こんなことにはならなかったのにねぇ。残念だよ」


 そう吐き捨て、黒づくめの人物は回収したそれを密閉袋に入れて胸ポケットにしまう。続けて口を開く。


「あぁ、そうだ。一つ教えておこう。本日午前9時、ボクの部下たちがそちらに向かう。その限られた余力で、仲間に伝えておけ。……って、もう死んじゃったか」


 そう言って黒づくめの人物は、暗闇の中へと消えて行った。



  〔 2045年 5月3日 旧東京都内 〕



「昨夜未明、都内の宇津木町2‐3路地裏にて帰宅途中の男性が何者かによって腹部をナイフで刺されて死亡。被害者男性は腹部にナイフが刺さった状態で、片手にナイフを握ったまま出血多量で絶命。今朝、犬の散歩をしていた女性が通りかかったところ、被害者男性が倒れているのを発見したようです」


 旧東京都内の宇津木中央警察署。その一室で、スクリーンに映された情報とともに男が事件発覚当時の状況を説明した。


「被害者男性は、刺されていたんですよね?なぜ、片手にナイフを持っていたんでしょう」

「さあな。それより気になるのは、この刺された男の服装だ」

「服装?なにか心当たりでもあるんですか、木南さん」


 木南と呼ばれた男は、スクリーンに映る被害者男性の服装をじっと見つめる。


「よく見ろ石野。ありゃどう見てもあの制服だろ?」


 石野と呼ばれた木南の部下は、木南に倣ってスクリーンを凝視する。


「……すみません、サッパリわかりません」

「そんなんだからお前はいつまで経っても見習いって言われんだよ!少しは学習しろバカ垂れが」


 木南は腕を組み、スクリーンを睨みつけ、口を開く。


「よーく覚えておけ、石野。こいつが着ているのは国家の水面下でこそこそと、ねちっこーく動き回ってる裏組織【NULL】の制服だ」

「NULL……」

「だが、見たところこいつが着ている制服の特徴からして機動隊の人間じゃねえな。おそらく裏方の人間だろう」


 なおもスクリーンを凝視する木南。その目はいつにも増して真剣だった。

 と、そこにドアをノックする音が聞こえた。続けてドアが開く。


「邪魔するぜ……って、取り込み中だったか」


 開かれたドアから姿を現したのは、黒いパーカーに下は灰色のスウェット、ぼさぼさの髪に眼鏡をかけた、この場に相応しくない格好の男だ。

 その男の姿を目に入れるや、眉間にしわを寄せる木南。


「おい、ゴミ出しはここじゃねえぞ白峰」


 白峰と呼ばれただらしない格好の男は、ずけずけと部屋の中に入る。


「そんなおっかねえ顔すんなって。用があったのは他でもねえよ」


 そう言い、白峰は近くにあったイスを引っ張り出してお構いなく座る。そんな白峰に対して木南はわざとらしく詰め寄る。


「てめえらが関わるコトじゃねえんだよ今回は。ただの殺人事件だ」

「ただの殺人事件が、なぜ特殊捜査班のみなさんのもとに来るんだよ。何かワケがあるんじゃねえのか?」


 白峰が言い返すと、木南は大きく舌打ちをして顎でスクリーンを指す。木南が口を開こうとしたとき、様子を眺めていた石野が制止する。


「ちょ、ちょっと待ってください。彼は一体……?」

「ああ、こいつはさっき言ったNULLの機動隊の一人だ」

「えっ」


 石野がキョトンとしていると、白峰はイスでくるくると回り始めた。


「知らねえか、NULL。度々起きてる……お前らで言うとこの特別指定事件の裏を取る組織だ。俺はそこの機動隊の隊長、白峰冬華しらみねとうかってモンだ」

「こんなナリだが、一応NULLのトップ2だ。ウチとも関りが深いから、覚えておけ」

「一応は余計だ。まあ、そんなんだからよろしく頼むぜ、新入り」


 木南の補足説明にツッコミを入れつつ、白峰は石野に挨拶する。


「よ、よろしくお願いします。自分は今年からこの特殊捜査班に配属になった石野晴いしのはるです。……あの、木南さん。何故白峰さんはここに?」

「ああ。まあ、事件については、こいつの仲間が殺されてるから事情はもちろん知ってるんだが……」


 そう言い、神妙な面持ちで木南は白峰に視線を移す。


「おそらく、あいつらの仕業……なんだろ、白峰」

「99%間違いねえだろ。この写真を見る限り、殺された俺の仲間が片手に持っているのはナイフ。おそらく、こいつは元々自分を刺した人間を殺すつもりだったが、返り討ちにあったってわけだ」


 淡々と推測を話す白峰。その目つきは先ほどとは違い、鋭い。それは木南も同様だ。


「しかし白峰、こいつが持ってるのはナイフだよな。お前らの通常装備はハンドガンのはずだが?」

「そこだな。通常装備は任務外じゃ使用禁止だが、護身用のピストルは平時でも所持が認められている。なんでわざわざナイフを持っていたか……」

「そこに関しては俺たちが調べる。お前は裏を取ってくれ」

「言われなくてもそのつもりだ……っと」


 白峰は座っていたイスから立ち上がると、入ってきたドアの方へ向かっていく。


「メインの用事を忘れてたわ。新入り、ちょっと来てくれるか?」



  〔 2045年 4月15日 旧東京都某所 〕



「起立、礼。ありがとうございました」


 旧東京都内某所。ここは、NULLの展開するE5ウイルス適合者育成学校、通称【ミライ】。

 5年前、旧日本各地で突然発生したE5ウイルスに対抗すべくNULLによって設立された。16~20歳までの適合試験をクリアした者たちが集まり、日々訓練やE5ウイルスの知識を蓄えている。将来的にはNULLへの入隊、実地での活躍を目的としている。

 そんなミライの機動捜査学科の教壇に立つ教員、白峰冬華は授業を終えると教室を後にした。

 この日は、NULL本部から特別講師として白峰がミライに来校していた。


「……っと、あとは情報捜査学科か」


 ぼさぼさの髪の毛をかきながら廊下を歩く白峰。その目の前に一人の女子生徒が現れる。


「あの!……その、えっと」


 女子生徒はなにか言いたげだったが、うまく口にできずもじもじしている。


「どうした、追加授業はやらないぞ?」

「あ、いえ……実は、先生には2年前に助けてもらったことがあって……」


 白峰は視線を上に向けて思い出す。2年前。それは旧東京で起きた大規模なE5ウイルスによるパンデミックだ。白峰は当時、機動隊としてパンデミックの中心部で毎日のように戦闘を続けていた。


「あぁ、あの時か。すまないが、お前のことは思い出せん」

「そう、ですよね。ごめんなさい、急に。でも、先生に会ったら絶対お礼を言おうと思ってて……」


 女子生徒は悲しそうな表情をして言う。白峰はその姿をじっと見つめていた。


「まさか、今日の講師として来て下さるなんて思いもしなくて……でも、良かったです。お礼が言えただけでも」

「……わりぃな、俺の方こそ。でも、あん時救った命の中にお前がいて、そのお前がここに来てくれたことは嬉しく思うよ。ありがとうな」


 白峰はそう言うと、女子生徒の返事を待たずに次の教室へと歩いていく。女子生徒は明るい表情になり、白峰の背中に深く一礼した。


「クソッ、なんでこんな時に思い出す……」

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