春雷のような恋でした

星太

まだ肌寒い日のこと

 あのひとと別れて、どれだけの月日が経ったか。長い長い冬が、ずっと続いている。


 重いコートを羽織り、花咲かぬ桜並木をひとり歩く。


 桜が咲いても桜が散っても、人生に変化が無い歳になった。薄く陽を通す曇天に伸びる枝を見上げ、思い出す。


 思えば、私に温度をくれたのは、季節ではなくあなただったのかもしれない。


 ◆


 真面目なだけで出来の良くない私は、浪人の末に東北の大学へ進学した。新生活に色めくはずの心は予備校で磨り減り、とうに色は無く。


 あの日も、今日と同じ灰色の雲が空を覆っていた。キャンパス前の公園、まだ咲かぬ桜並木をひとり歩く。今の私にお似合いの春模様だと思った。


 花見客など誰もいない中、蕾ばかりの枝をじっと見上げる同級生らしきひとがいた。つまらない枝の何を見てるのかと気になって、私も足を止めて同じ枝の蕾を見上げると、あなたは言った。


「綺麗だね」

「まだ咲いてないよ」

 

 返す私の言葉は、少し冷たい言い方だったかもしれない。枝から目を下ろせば、あなたは私を見つめていて。


「……そうだね」


 意味がわからなかった。ふっと目を逸らし寂しそうに去るあなたの背に、私は何だか申し訳ない気持ちになった。


 ◆


 サークルは迷わず美術部を選んだ。中高と続けてきた唯一の趣味だったから。夕暮れの部室に入ると、あなたひとり、キャンバスに絵筆を走らせていた。


「あっ……!」


 思わず声が出た。あなたが描いていていた絵は、間違いなくあの日の景色だった。


 枝が伸びる先に、幾重にも咲く花弁の雲が広がっていて。こぼれる陽が蕾をあたたかに照らしている。


 咲いていたのだ。キャンバスに収まらぬほど満開に。私にお似合いの空だなんて、いじけていた自分が恥ずかしくなった。あなたには、こんなに綺麗に見えていたのに。


 西陽差す静かなコンクリートの部屋。朱に浮かぶあなたが黙々と筆を運ぶ姿から、もう目を離すことはできなかった。


 ◆


 だんだん私のキャンバスはあなたでいっぱいになって。あなたの色が重ねられていくたびに、あったかくなった。


 あなたの見ている景色を、もっと見てみたい。


 その想いはそのまま告白となって、私とあなたは連理の枝になった。


 移ろう春の、ほんのひとときの夢だった。


 ◆


 咲く花は、やがて散る。


 あなたは、たまたま4年間だけ私の頭上に浮いた雲だったのだ。画家を目指し渡仏するなど、私にはとてもついていけなかった。


 初めから、見ていた景色が違ったのだ。


 目先の蕾にとらわれていた私と、

 天に咲く満開の桜を見ていたあなたでは。


 ◆


 あれから、どれだけの月日が経ったか。長い長い冬が、ずっと続いている。


 まだ咲かぬ桜並木をひとり歩き、曇天に伸びる枝を見上げた。


 満天の花弁が陽を透かす。


 ついていかなかった選択を、今さら後悔しているわけではない。ただ、あなたの絵が忘れられないだけ。


 ねえどうか、もう一度。


 私に、雷を落として。



      ――『春雷のような恋でした』了

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春雷のような恋でした 星太 @seita_t

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