第42話
「な、名前を尋ねる前に。まず自分からじゃないですか」
僕は緊張しながら、彼女にそう言って返した。
「ふん。良いだろう。クレア・ゲートロード。正統なる吸血鬼の王の血統を継ぐ者だ」
「さあ、貴様は何者だ」
クレアさんは僕を探るように見据える。
「ぼ、僕は……コハルです」
「……よし、コハル。覚えたぞ」
クレアさんは僕の名前を反芻するように静かに呟くと、腕を組んでじっくりと僕を観察し始めた。
「それで? 貴様は何者なのだ?」
「え、いやだから、普通の淫魔……ですけど?」
僕は自分でも少し疑問を感じつつ、そう答えた。けれど、クレアさんは「ふん」と鼻を鳴らして不服そうに顔をしかめた。
「貴様、本気でそう思っているのか?」
「えっ?」
「淫魔が吸血鬼の命令を拒めるはずがない。それがこの世界の理だ」
(うわぁ、めっちゃプライド高い……)
『クレア・ゲートロード……吸血鬼の王族の血統だとすると、かなり厄介ですね』
ゼラが脳内で呟く。
(王族ってそんなすごいの?)
『ええ。純血の吸血鬼の中でも、最上位の存在です。特にゲートロード家は魔力が強大で、命令の支配力も格別のはずです』
(じゃあ、やっぱり僕が命令を拒めるのは)
『ええ、コハル様の方が強いからですね』
(……いや、それ本当に?)
「……コハル貴様」
クレアさんが鋭い目を向けてきた。
「やはり、ただの淫魔ではないな?」
「え、いやいやいや、ただの淫魔ですよ! たぶん!」
僕は必死に否定した。けれど、クレアさんはますます興味を持ったような表情で僕に歩み寄る。
「では、試してやろう」
「え、何を──」
その瞬間、クレアさんが指を弾いた。
ビリッ──と、空気が震える。
まるで見えない鎖が僕の身体を絡め取るような、強烈な圧力が全身を覆った。
(な、なにこれ……!?)
「『跪け』」
クレアさんが冷たく命じる。
吸血鬼の支配の力──さっきゼラが説明していた、強い吸血鬼が持つ「命令」の能力。
だけど──
「……うん、やっぱり効きませんね」
僕は特に変わることなく立ち続けていた。
クレアの顔に驚愕が走る。
「なっ……!?」
「ほら、やっぱり」
「そんなはずは……」
彼女はもう一度、今度はさらに魔力を込めて命令を下そうとする。しかし、やはり何も起こらない。
「…………」
クレアさんはじっと僕を見つめたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「ふむ……面白い。ますます興味が湧いてきたぞ、コハル!」
「えっ、いや、興味湧かれても困るんですけど……」
「決めた」
「え?」
「貴様、私の眷属になれ」
「……は!?」
何言ってるの、この人!?
「なあに、少し痛いだけだ」
そう言って僕の方によりかかる。
そしてその口を開き僕の首元に近づける。
「え、ちょっと、待って」
抵抗する間もなく僕の首に牙が突き立てられる。
瞬間、氷塊がクレアさんを突き飛ばした。
「人の従者にちょっかいかけないでもらえるかしら」
「ソフィア様!」
クレアさんの前にソフィア様が立ちはだかる。
「ふん、誰かと思えば希代の魔術師か」
「あら、私を知っているのね」
ソフィア様とクレアさんの視線が空中で交差し、廊下の空気が凍りつくような緊張に包まれた。
どちらも一歩も引かず、互いの存在を測るようにじっと見つめ合っている。
「なあに、多少器用なだけの凡庸魔法使いだろ」
「あら、そう言う貴方は七光りのお嬢様でしょう?」
「ほう」「へえ」
バチン、と見えない火花が散った気がした。
僕はというと、すでに目の前の空気の重さに胃が痛い。勘弁してほしい。
「テメェら、なぁに真昼間からこんなとこで盛ってんだよ」
妙に頼もしい声が廊下に響いた。
振り返ると、日焼けした肌に真紅のポニーテールを揺らしながら、堂々たる風格で歩いてくる女性がいた。
それは先の入学式で一年生Sランクの担任を任されていた。レイラ=ブレイヴハート。
「ったく、せめて授業まで待てねえのかよ。堪え性のねえガキどもがよ」
「あら先生。失礼ですがこれは私個人の問題ですので」
「ご忠告感謝する、ブレイヴハート教諭。しかし手出し無用だ」
「……たく、問題児共度が」
次の瞬間、床が爆ぜたと同時に視界からレイラ先生が消えた。
二人は瞬時反応する、駆けるレイラ先生に対し二人は構えた。
ソフィア様が咄嗟に氷の結界を展開。
発動したかと思えば、同時にクレアさんも宙に血の紋章を描く。
すると血の繭のようなものがクレアさんを囲んだ。
防御の構え。二人はそれぞれの全力を持って守護を展開。
しかし意味は成さなかった。
氷が砕かれ血の繭は破壊され粉微塵になる。
ソフィア様の腹を蹴り上げながらクレアさんに裏拳を入れ吹き飛ばす。
僕が呆然としていると、廊下の壁に叩きつけられたソフィア様とクレアさんは顔を歪めながら起き上がる。
「おい、次暴れたら停学なお前ら」
レイラ先生の声が響きわたる。
「「……はい」」
二人は素直に返事をした。ただ、納得はしてなさそうだ。
「じゃあなーお前ら。仲良くやんなー」
ヒラヒラと手を振りながらレイラ先生は歩き去っていく。
その背中が見えなくなるなり、二人は再び向き合った。
「仕方がない、今日の所は退いてやる。だがコハルお前は必ず私の眷属にしてやる。覚悟しておくがいい」
そう言い残しクレアさんは行ってしまった。
「……私悪く無くない?てか暴れてないし、先に手出したの先生じゃない」
ソフィア様はずっとブツブツ言ってる、正直僕も関係あるので何にも言えないんだけど。この魔法の後でそれは無理じゃないですかね。
「まあ、何はともあれ。ありがとうございますソフィア様。結構怖かったです」
「別にいいわよ。コハルを守るのは主人である私の義務だし」
「とりあえずもう行かなきゃね。それじゃコハルまた後でね」
ソフィア様は僕の頭を撫でると去って行った。
僕も急いでBクラスの教室に向かうことにした。
TS転生した僕っ子サキュバス。手を差し伸べ続けたらいつの間にか大事に巻き込まれてました。 アイスメーカー @aisumeika
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