第20話完璧主義者の横暴


 竜役の人間が外せない用があったらしく、今日は休みだったらしい。最低限のことしかやらなくて良いと言われたこともあって、ユッカは代役を務めることになった。


「といってもな……」


 代役といっても立っているだけである。いてもいなくても良い役割である。こうなってくるとユッカを巻き込んだのは、アリテの嫌がらせに過ぎない。それを周囲は黙認していので、誰もがアリテに同情しているからのようだ。


「結構、踊れているじゃん」


 アリテの舞踏を間近で見たユッカは、そのような感想を抱いた。


 アリテがくるくると舞うごとに、衣装が花弁ように広がる。その様は、蕾から満開の花へと開花していくような光景であった。美しい舞いは、舞台を見学していた人々を魅了する。


 剣技も演技としては申し分ないとユッカは思った。実戦では遅すぎて使い物にならないが、魅せる為の動きならば十分すぎる。


「本当にきれいだ……」


 ユッカは、思わず見惚れてしまう。アリテは自分の運動神経が悪いと言っていたが、それはユッカたち冒険者と比べてのことを言ったのだろう。ユッカから見ても十分に動けているし、問題はないように思われた。


「違う。左からの一線だ!」


 ムッシュルの怒号が、なんの前置きもなく飛んできた。ユッカが付き合って練習しているだけで、すでに五回目の中止である。


 ムッシュルは、自分で考えた振り付けを完全に再現したいタイプらしい。役者たちに対して厳しい。特に、主役とも言えるアリテに対しては求めるものは高かった。それこそ、本物の役者並みの舞踏を求めている。


 だが、アリテの本職は修繕師だ。


 踊りに対しては素人なので、ムッシュルの理想にはなかなか届くことはない。そのため、おのずとムッシュルの指導にも熱が入ってくる。それ故の怒号である。


 竜役の役者は、これが嫌で逃げたのではないだろうか。ユッカは、そんな気がしてくる。


 おそらくは、竜の役者にもアリテと同じものを求めているであろう。いや、竜の早い着替えが目玉なので、少女役のアリテよりも求められるものは高いのかもしれない。だとしたら、ユッカだって逃げたくはなるだろう。


「まったく、何度も言わせるな。本当に物覚えが悪いぞ!前半の感情の表し方も下手だ。もっと少女の気持ちになってみろ!!」


 ムッシュルは厳しい表情で、アリテのことをガミガミと叱りつける。その様子は何時ものことらしく周囲はアリテに同情しながら、止めることはしない。本業であるパンに対してはそうではないが、ムッシュルは舞台には並々ならぬ情熱があった。それは、素人の舞台には不必要なほどだ。


「完璧主義者なんだな……」


 冒険者は、祭り当日の警備が主な仕事となる。そのために、ユッカはムッシュルの一面を知らなかった。


 ムッシュルはいつもどこか投げやりな態度でパンに向き合っており、覇気にかける男である。ユッカは、実のところムッシュルが妻に暴力を振るっているという話が信じられなかった。


 だが、ムッシュルの暴力的な一面を見れば、エアテールから聞いた話も真実なのではないかと疑ってしまう。


 演技を指導するムッシュルの語尾はどんどんと荒くなっていくので、ユッカは心配になる。女性だったら泣いていそうな怒気だが、アリテは大人しくしている。ムッシュルのことを見極めようとしているのだろう。


「もう、やり過ぎだろう」


 ユッカは、ムッシュルを思わず止めた。


 アリテは一生懸命にやっていたし、なにより他人に見せるものとしては十分なものに達している。ムッシュルの理想には達していないことは分かるのだが、それでも怒鳴られるほどのものではないとユッカは思ったのだ。


 ムッシュルは鋭い目つきで、ユッカを睨んだ。その目は、憎しみさえ抱いているようだった。


 その眼つきに、ユッカは思わずひるんでしまう。冒険者としては情けないことだが、それほどの怒気がムッシュルの目にはあったのである。


「こっちは本番まで日がないんだ!邪魔をするならば出ていけ!!」


 さらに怒り出すムッシュルに、ユッカも段々と腹が立ってくる。


 アリテは自分の店で仕事をするかたわら、舞踏の練習にも真面目に取り込んでいた。そして、ちゃんとした成果を出している。そんなふうに怒鳴るなとユッカは言いたかったし、出来る事ならばアリテを連れ出してしまいたかった。


 しかし、ユッカの考えはアリテに読まれていた。ムッシュルには見えない角度で、アリテは首を横に振る。余計なことをするな、とユッカに伝えているのだ。


 アリテは、ムッシュルのことを知りたいと考えているのであろう。ならば、邪魔をすることはできない。アリテには目的があるのだから。


 エアテールからの依頼を達成すること。


 アリテは、それを望んでいたのである。


「おい。あんたが厳しくやるから、毎年のように泣き出す女が出てきていたんだろうが。少女役が男になったのは、お前の指導に女たちが脅えたからじゃないのか!!」


 舞台の小道具を修理していた男が、ムッシュルの胸ぐらを掴んだ。どうやら普段からムッシュルの指導方針に疑問を持っていたらしい。ムッシュルは今にも男を殴りそうな雰囲気を醸し出しながら、自分の胸ぐらを掴んできた男を怒鳴りつける。


「厳しくやっているからこそ、人が見に来るような演舞が出来るんだ。俺が指導から降りてみろ、見せられないようなデキになるんだからな」


 ムッシュルは、そう言った。


 たしかに、ムッシュルの役割は重要である。彼が舞踏を考えて監督をしなければ、舞台は成立しない。厳しくしなければ、客に披露するような踊りにはならない。だが、やりすぎなのは誰の目から見てもあきらかだ。


「昔から、お前は顔の良さだけで生きてきたんだよ。でも、実力がないから都会から逃げてきたんだろ!!」


 男の方は、普段の鬱憤が溜まっていたのだろう。もはや関係のないことで、ムッシュルのことを侮辱している。頭に血が上ったムッシュルが売られた喧嘩を買わないはずがなく、彼が拳を握ったのがユッカには見えた。


 ユッカは二人を止めようとして間に入ったが、同じタイミングでアリテも同じことをしていた。違うのはユッカがムッシュルに向き合ったのに対して、アリテは男の方に向き合っていたことだ。


 アリテは、ムッシュルを怒鳴っていた男の頤をなでた。そして、美しい顔でにこりと笑う。蠱惑的な視線と笑みに、男の頬が乙女のように染まった。


「顔が良いだけなんて……。まるで、私のことを言っているみたいじゃないですか。あんまり、聞いていて辛いことは言わないでください」


 ねぇ、とアリテは小首を傾げてみせた。


 男の方はというと今更になってあわてだす。


「いや、顔が良い人間には腕がないとは言ってないんだ。アリテの修理した小物は長持ちだし……」


 笑っているだけのアリテに、男はたじたじだった。周囲は、そんな光景をほっとしていた。そして、誰かが笑い出す。アリテが自分の美貌を使って男をからかう光景は、どこか滑稽であったからである。


「あー。今のは、俺が悪かったな。アリテが良いって言うならば、今回かぎりは文句は言わないよ」


 男はアリテに「無理はするなよ」といって、一発触発だった空気も忘れて去ってムッシュルの元を去っていった。


「ユッカ、誘っておいて悪いですけど……。こっちは私が上手くやるので、ルカさんの所に行ってください。今日も練習が長くなりそうなので」


 ユッカに耳打ちするアリテの顔には、生気がまるでなかった。



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