ドレスとカメオの価値はいくらか
第2話修繕師アリテと金貨
「なぁ、俺専用の格好いい剣を作ってくれよ」
その小さな店は、修繕屋の看板を掲げた。
大工に無理を言って、どこにでもあるような民家を改造してもらった店である。そのため、大抵のものは直せる道具や設備を兼ね揃えていた。そのせいもあって小さな店は、見た目以上に手狭である。
普通だったら、接客と作業のスペースは分けるものだ。だが、狭すぎる店では、全ての部屋の区切りがぐちゃぐちゃだった。接客のためのスペースには修繕用の材料が並び、作業場には道具と共に客用のティーカップが置かれている。
破茶滅茶で節操のない店の内装は、そのまま店主の履歴を表しているようだ。
小さな町に突如として現れた修繕師の彼は、元は王都にいたらしい。王都で修行を終えた彼は、死んだ師匠の店を継いだ。だが、紆余曲折あって店は閉じたという。そして、この田舎の町にやってきた。
人から見れば都落ちのような経歴だが、本人だけは満足しているようだ。故に、誰も彼の経歴を理解できていない。そんな不可思議な青年が、この小さな修繕屋の店主であった。
修繕屋の主に手を合わせるのは、ユッカという名の少年だった。十五歳という若輩者らしく、子犬のような大きな瞳が印象的だ。幼さが抜けきらない彼の表情はころころと変化をして、それが余計に子犬っぽいのである。
荒くれ者が多い冒険者たちは、屈強な体付きであることが多い。しかし、十五歳という年齢のせいもあって、ユッカはまだまだ成長途中だ。それなりに身長だけは高いので、将来有望な若者ともいえる。
ユッカは町の冒険者で、普段は害獣退治や薬草探しなどを請け負っていた。小さな田舎町にありがちが冒険者として仕事だったが、一ヶ月ほど前に中型のモンスターの討伐に成功している。その功績によって、冒険者ギルドにB級のランクに認められたばかりだった。
それにともない新しい武器が欲しいと思って、以前から目をつけていた修繕師の青年に依頼を持ち込んできたわけである。だが、修繕師は首を縦には振ってくれなかった。
「私は修繕屋だって言っています。いくら頼まれても一から剣は打ちません」
店の主は、台の上に広げたドレスの修繕に取り掛かっている。着ることが出来なくなったほどに傷んだ布と同じ材質のものが用意され、ドレスは見る見るうちに若返ったかのような変化を見せていた。
その手際の良さは、ユッカにとっては魔法のように見える。
あのような素晴らしい手つきで打たれた剣ならば、どれだけ素晴らしいだろうか。ユッカは、そんなことを夢想した。
「修繕師だって、一から打つことぐらいはあるだろ。ケチ」
修繕士というのは、田舎の鍛冶屋の別称だ。鍋や農具の修理を主に請負っており、普通ならば剣を一から打つという依頼はあまり受けない。
田舎に引っ込むしかない鍛冶屋というのは、大抵の場合は腕が悪いからである。そういうふうに腕が悪い鍛冶屋は、普通ならば畑などを耕して収入の足しにする。
しかし、田舎にも稀に腕の良い鍛冶屋というのも存在する。彼らも仕事の総量が少ないために、金物の修繕だけでは食っていけない。そのために彼らは器用さと充実した店の設備を利用して、様々な物の修繕を請け負うのだ。
その仕事内容は、洋服や織り機の修繕。時には、馬の蹄まで修理する。冒険者が町の何でも屋だとすれば、修繕師は街の何でも直し屋だ。彼らは、あっという間に全ての物を直してしまう。
店の主であるアリテは、そうした修繕師の一人である。職人としては驚くほど若い青年で、王都に産まれて王都で修行したという経歴の持ち主だ。亡き師匠から受け継いだという自分の店まで持っていたのに、どうして小さな町に引っ越してきたのかは誰も知らない。
しかし、一つだけ確信していることがあった。
アリテは、田舎で燻ぶっているのはもったいないぐらいの腕前の持ち主だ。前に直してもらったユッカの剣は、以前のものとは比べ物にならないほどの切れ味だった。
しかも、丈夫で長持ち。こんなに素晴らしい剣を打つ鍛冶師は、王都にだっていないであろう。ユッカは王都にはいったことはないが、そのように確信していたのである。
だからこそ、アリテに自分のためだけの剣を打って欲しいとユッカは考えるのだ。しかし、アリテにはきっぱり断られ続けている。本当の理由は、ユッカにはよく分からない。
「俺がA級冒険者になったら、あんたのことを宣伝してやるのに。A級冒険者御用達の鍛冶屋って、尊敬されるんだろ」
えっへん、とユッカは胸を張る。
ほとんどの冒険者がB級冒険者で人生を終えるなかで、A級冒険者というのは格が違う存在だ。その上のS級にいたっては、大陸で数十人しかいない猛者である。
噂によればS級冒険者というのは一騎当千の強さで、竜などが出現した際には国の要請を受けて退治におもむくらしい。力が全ての冒険者にとっては憧れの存在であり、雲の上の人間たちでもあった。もちろん、ユッカも憧れている。
自分はS級冒険者にはなれないと思っているが、憧れるのだけは自由だ。いつかは彼らと共に仕事をするのが、ユッカの夢なのである。
S級冒険者らが使う防具や武器を作る職人の作品は、一種のブランド品として扱われる。S級までとはいかないが、A級の冒険者の武器を作る鍛冶屋であっても十分に尊敬される存在だ。
ユッカはまだB級の冒険者だが、A級までなら上り詰める自信があった。冒険者ギルドの職員に、ユッカの歳でB級までいけるのは凄いことだと褒められたのだ。だからこそ、自分はA級も目指すことが出来るとユッカは信じていたのである。
「ユッカ……。ちょっと顔を貸してください」
アリテに命令されたユッカは、二人を隔てる台に身を乗り出す。そして、アリテの方に顔をずいっと近づけた。
自分から顔を貸せと言ったわりに、アリテは嫌な表情をする。客商売をしているくせに、彼は我儘だ。気分屋というわけではない。自分の嫌なことはやらない。そして、嫌悪の感情が素直に顔に出るのだ。
こんな性格なのに店が成り立っているのは、彼の腕が良いからだ。これで上等な腕がなかったから、きっとアリテは廃業しているに違いない。
「うわわわぁ……。福眼」
おかしな声を上げるユッカに、アリテは眉間の皺を深くする。そんな顔をしたとしても、アリテの面の秀麗さは変わらない。芸術品のような顔立ちは、ユッカは花のようだと表現したことがある。その時は、たしか——
「仕事の邪魔をしないでください」
ドレスを修繕していた針が、ユッカの眼前に現れる。危うく目を突かれそうになって、ユッカは思わずひっくり返った。尻もちをついたユッカは、痛みに顔を歪める。
思い出した。
初対面で「花みたいに綺麗な顔」と褒めたら、ハサミを口に突っ込まれそうになったのだ。
この凶暴さの被害者は、ユッカだけではない。
以前、領主の使用人が修理を依頼しに来たことがあった。その使用人が、アリテの美貌を酷く気に入ってしまったのだ。そして、あろうことか連れ合い宿にアリテを誘ったのである。
それが、アリテの癇に障った。
アリテは、トンカチを振り回しながら使用人を追いかけたのである。そのときのアリテを掴まえたのはユッカで、アリテは猪のように興奮していた。それでもなお美しい顔に、ユッカはちょっとばかり呆れたものだ。
トンカチを振り回された使用人は「二度とくるか!」と怒鳴って去って行った。しかし、領主の方がアリテの腕を気に入ってしまって、使用人は何度も依頼品を持ってくる羽目になったのである。
使用人は、ここまで気まずい顔をする顧客というのも珍しいだろうという人間になった。そして、店にトンカチがあるのを確認すると震えている。トンカチを振り回して逃げ回った思い出が、まだ色濃く残っているのであろう。
「冒険者が暇なのはわかりますが、忙しい職人の邪魔をしないでください」
危うく眼球を針で突かれてユッカは冒険者を廃業しそうになったのだが、アリテはどこ吹く風である。ユッカは、床に尻もちをついたままで頬を膨らませた。
普通であれば、目を突かれそうになったことを激怒するだろう。しかし、ユッカの単純な頭のなかでは冒険者という職業をバカにされたという考えでいっぱいになっていた。
子供のころから冒険者にあこがれて、必死に剣の修行をしてユッカは冒険者になったのである。だからこそ、冒険者の悪口を言う人間は許せない。
「冒険者は暇じゃない!自営業だから、仕事を引き受けなければ暇なんだ!!」
すなわち、今のユッカは暇だということである。
そこら辺の言葉尻に気づかないところが、まだまだ子供なユッカなのであった。
大人であるアリテは、大きなため息をつく。
「ならば、薬草でも雑草でも集めて来てください。なにか壊れたら、いくらでも修理をしますから」
しっしと動物を追い払うような仕草をすれば、ユッカはますます膨れてしまった。
「歳下だと思って馬鹿にするなよ!」
表現豊かなユッカが、今度は語気を荒げる。
アリテは内心で、見ていてあきない子供だなとユッカを評価した。本気で追い出さないぐらいには、アリテもユッテのことを気に入っているのである。
そんな日常の中で、『ちゃりーん』と音が聞こえた。小さな金属が落ちた音である。ユッカにも聞き覚えのある音は、まるで店の空気を浄化するような涼やかさがあった
「あっ。金貨ですね」
アリテが、ぼそりと言った。
彼の掌には星よりも眩く、満月よりは歪なコインが置かれている。自分の給料三ヶ月分の金貨の登場に、騒がしいユッカも声を失ったのであった。
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