第3話金貨は増える


「金貨って、本物の金貨?」


 目を点にしたユッカの前で、アリテはコインを掌に乗せて慎重に重さを確かめる。そうして何分もかけて慎重に重さを確かめてから、ユッカの眼の前で金貨をかじったのである。クッキーでも食べるかのようだった。


 ユッカは呆気に取られたが、すぐに正気に戻る。


「食べるな!それは、俺の三ヶ月分の稼ぎと同じぐらいの価値なんだぞ!!」


 アリテは不愉快そうな顔をして、金貨をぺっと吐き出す。金貨にはわずかに歯形がついていて、金貨に傷がついたことにユッカは大いに慌てた。


 傷がついたぐらいではコインの価値は落ちない。それでも大金に噛み付くという行為は、あまりにユッカの予想外ことだったのである。


 アリテは、慌てるユッカを相手にせずに金貨をじっくりと検分する。しばらく見つめて満足したらしい。次は、指先で金貨を弾いて音の確認をしていた。清浄で、澄みわたるかのような音だ。ユッカは、それに思わず聞き惚れた。


 金というとトラブルが付き物だが、コインの発する音だけは美しい。その裏腹さに、ユッカはアリテのようだと思った。


 美しくて穢れなど知らないという顔をしているのに、やらかすことは時に殺人未遂級の拒否である。美しいものが、そのままの性質をしているわけではない。アリテと知り合ってから、それをユッカは何度も学んだ。


 そして、それを学ぶまでの被害は多かった。


 ユッカは今までの自分が被った被害と被害者たちを思い出して、思わず遠い目をした。


「これだけ純度が高い金貨は珍しいですね……。ここまで価値が高いと最近になって作られたものじゃない」


 冷静なアリテの言葉に、ユッカは首を傾げた。


 コインの価値など決まりきっているものだ。純度が高いから価値が高い。純度が低いから価値が低い。という考え方からして、ユッカにはよく分からない。


 そもそも自分の給料の三か月分の価値のコインを目の前にしているのである。中々冷静になれず、ユッカは頭が回らなかった。


 一方で、アリテは冷静である。


 修繕には少量ではあるが金を使うので慣れているのだろうか、とユッカは考えた。金貨はアリテにとっても大金であることは、ユッカの脳みそからすっかり消えてしまっている。


「金貨って、価値が決まってないのか?それに、作られた時期まで分かるものなのかよ」


 疑問符を浮かべるユッカを前にして、アリテはドレスを弄りながらも答える。金貨が出てきた途端に、ユッカにはボロボロだったドレスが上等なものに見えだした。


 そもそもドレスを着られるような生活を送っているような人間が修理に出してきたものなので、粗悪品なわけがない。けれども、経年劣化が激しいドレスはみすぼらしくて、元の華やかな姿がユッカには想像できなかったのである。


「金貨っていうのは、他のコインと違って金属としての価値も付随しているものなんです。そして国の景気によっても金の純度が違う。これは、景気が良かった大昔に作られた金貨ですね」


 コインの製造権はそれぞれの国が有しているが、いつでも質の良い金貨が作れるとは限らない。景気が悪いときには混ぜものを多くして、質の悪い金貨を作るのである。


 ユッカは、景気という難しい話は分からない。しかし、アリテの口ぶりからし昔は今よりも豊がだったようだ。


「景気が良い頃って、アリテが小さい時の話なのか?」


 アリテの機嫌が再び悪くなる。なにか地雷を踏んだのかと思ったら「景気が良かったのは、百年以上前です」と怒られた。そこまでの歳ではないと言いたいのだろう。


 アリテは、何歳なのであろうか。


 ユッカからしてみれば、三十代より上の人間の年齢など見分けがつかない。皆等しく、老いている。そのなかで、アリテだけが年齢不詳だ。老獪な気配もするし、若い愚かさも稀に感じる。


 いや、若い愚かさは常に感じているかとユッカは思いなおす。彼は、見た目によらず子供っぽいことばかりをしていた。


「隣国同士の戦争があったときに、この国は双方に武器をこっそりと売っていたんです。それで、景気が良くなった。この頃の金貨は、本当に質が良いんです。おそらくは、その時代に鋳造されたものなのでしょう」


 我が祖国ながら、あくどい手で儲けたものである。ユッカは呆れかえって、ため息をついた。それと同時に、そんな時代に生きていたら自分は何をやっていたのだろうかとも考えてしまう。


 戦争時は、冒険者は傭兵として出稼ぎに行くこともあるからだ。そこに国への忠義心はない。あるのは利益だけだ。そう考えると冒険者もなかなか節操のない商売である。


「純度が高いほうが金貨は柔らかいですからね。ここまで純度が高い金貨は、かなり前の時代のものです。百年前のもので間違いないないでしょう」


 金貨に噛み付いただけなのに、そこまで分かるのかとユッカは驚いた。


 アリテの方はと言うと、ドレスの裾から新たに出てきた物をジャジャラと言わせている。その音に、ユッカは嫌な予感がした。


「ここまで古いのは、もうコレクションのようなものですね。こんなものが、どうしてドレスの裾に五枚も入っているのか」


 アリテはなんてことように言うが、ユッカは気絶しそうになった。アリテの掌のなかには、先ほどの物を含めた五枚の金貨があったのだ


「……俺の十五ヶ月分の稼ぎ」


 目眩に苛まれるユッカに、アリテは止めを刺す。


「これは純度が高いから、今の金貨よりは価値が高いですよ。ユッカの稼ぎなら、五年かな?いや、十年はいけるはずです。勿論、一枚の価値で」


 ユッカが善良な人間でなければ、アリテを刺殺して金貨を強奪していたかもしれない。それぐらいの価値が、目の前の金貨五枚にはある。


 ユッカは、思わず周囲を確認した。悪い人間が今の話を聞いていたら大変だと思ったのだが、ここは店内である。人間は、ユッカとアリテしかいない。後は、物言わぬ道具たちだけだ。


「どうすんだよ……これ」


 自分たち以外の人間がいないと確認したというのに、ユッカは小声になる。ここまでの価値がある金貨など見たことはない、ユッカの足は、緊張で震えていた。もはや、金貨が有害物質を発しているようにさえ見える光景である。


 そんなユッカの様子をアリテは忍び笑いつつも、何事もないかのように答えた。


「ドレスの修繕を頼んできた客に返しますよ。領主の姫様ですから、金貨五枚にも驚かないでしょう」


 領主の娘というブルジョア階級の人間が依頼主だったことに、ユッカはさらに驚いた。



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