第4話 心の地熱エネルギーが噴出! 負けてたまるか、コノヤロォォォー!

 次の週、新しいクラスへ移動をした。レベルが上がった分、勉強は楽しかったし、何よりケビンのクラスで一緒だったルーカスと同時に同じクラスへ進級できたから心強かった。ルーカスはとても紳士で、引っ込み思案なわたしのことをいつも気を遣ってくれる。

 

 クラスが変わったことで、ケビンの顔を見る機会が減った。廊下や非常階段で偶然会うことはあったが、”Hi”ぐらいの会話で終わる。ほんの一瞬だ。胸がチクッとして痛いけど、考えないようにした。新しいクラスは若い女性の先生が担当で、クラスの雰囲気はオーストラリアの日差しのように明るく、とても伸びやかで居心地が良かった。

 

 見たくないものを見ないようにし、新しいクラスに入って3週間が過ぎた頃には心にかさぶたもでき始めてきた。心に平和が戻ってきたので想像の翼を思うさま広げて「よーし、残りの滞在期間でオーストラリアを楽しむぞ。どこへ行こうかな~?」とのんきに楽しい計画を立て始めた。新たな影が少しずつ近づいていることも知らずに。


 

 一難去ってまた一難とはまさにこのこと。先生が母校の大学に3週間戻って教鞭をとることになったので、翌週から代理の先生が来ることになった。気に入っていた先生なのに、残念だな~なんて思っていたら、翌週教室に現れたのはケビンの彼女のアイラだった。

 

 なぜアイラのことを知っているのかというと、アイラは友だちのクラスの担任だったから。友だちはアイラの教師としての資質を絶賛するあまり、わたしに彼女のことを(聞いてもないのに)何度も話してくれた。その会話の中でケビンと付き合っているということを知ったのだ。

 

 アイラはケビンではないんだから、気にせずに授業に臨もう。良い先生だって聞いているし! と、心を切り替えた。しかし1限目と2限目の間の10分休みに、悲劇は訪れる。

 まさかのケビンが、教室にやって来たのだ! 愛する恋人の初クラスが心配だったようで、様子を見に来たのだ。「えぇーーーーーーーーーーーーー!!!」と予想外の展開に心の中で叫んだ。なんで好きな人が恋人と会話する姿を目の前で見ないといけないんだ。辛い現実から逃れたくて違うクラスに変更できたっていうのに。

 

 午前中の10分休みは恋人のことしか目に入らなかったケビンも、昼休みに訪れた際は2度目で余裕が出てきたのか、ようやくわたしの姿を認識し、大きく目を見開いて驚いていた。

「このクラスの生徒なの?」と聞かれたので「進級した先がこのクラスです」と答えた。そのとき、ほんの一瞬見せたケビンの顔がすごかった。少しだけ嫌悪感が入ったムッとした顔。わずか0,01秒ほどの短さだったけど、わたしはそれを見逃さなかった。彼の意に反して進級したことがそんなに気に入らなかったのかと、その表情を見て初めてわかった。

 

 次の日も、その次の日の午前中の10分休みも、ケビンは彼女のもとを訪れた。そして「大丈夫? やりにくくない? 自分が持っているエレメンタリークラスと交代しようか?」と話しかけていた。「えっ、そんなに簡単に先生同士でクラスの交代ができるの?」と思ったが、知らんぷりして机に向かって英単語の勉強を続けていた。悲しいかな、その日は前から3列目の席に座っていたので、聞きたくなくても二人の会話が聞こえてくる。

 

「大丈夫よ。心配しないで」とアイラが言うと、「あの日本人は変だよ。やりにくくない?」とケビンは彼女に耳打ちをした。このクラスでケビンの元生徒である日本人は、わたししかいない。ということはわたしのこと!?

 ねぇ、ケビン、知ってる? わたし、英語はペラペラ話せないけど、リスニングはある程度できるんだよ。心の中でそう呟いて、悲しい気持ちになった。


 暗記しようと英単語を殴り書きしていた右手の動きを止めずに、目線だけそっと上げると、アイラは首を横に振って「大丈夫だから構わないで。心配しなくていいからこのクラスにはもう来ないで」と声をひそめてケビンに言った。

 

 なんとなくだけど、ふたりの会話がわたしに聞こえていたことをアイラは察していたような気がして、なんて良い人なんだろうと好きになった。

 

 それにしてもケビンの奴…! 可愛さが余って憎さが100倍、失恋の悲しみを通り越して怒りが沸々と湧いてきた。心の地熱エネルギーがグツグツと煮えたぎり、これでもかと思うほど溢れ出てきて、好きだった気持ちは一瞬で消え去ってしまった。コノヤロォォォーーーー!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【エッセイ】華麗なる一発逆転を狙って ~オーストラリア留学~ 弁財綾乃 @AAyano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ