第3話 まさかの展開にノックダウン

「来月から3週間、先生はガールフレンドと中国へ旅行に行ってきます。その間、代理の先生がこのクラスを担当してくれるから、みんな心配しないで勉強を続けてください」。


 授業終了間際のアナウンスに、クラスが少しだけざわついた。こんなとき、うれしそうな顔で報告してもよさそうなのに、ケビンはいたって大真面目な顔をしている。

 まるで「出張に行ってくるからみんなで大人しく待っていて」と親が小さい子に諭すようなカタイ雰囲気。彼女がいることはなんとなく知っていたけど、新婚旅行もしくは婚前旅行かと疑ってしまいたくなる期間の長さと、結婚の匂いをうっすら感じる彼女の存在を真正面から突きつけられ、その日は帰ってから翌々日の朝まで家で泣いて過ごしていた。

 

 わざわざオーストラリアへ来たのに、なんでこんな思いを…。

 幸せな恋愛を掴むために選んだオーストラリア行きは、心が潤い始めたのも束の間、四方八方から矢が刺さり、受け止めるのが辛い現実に突入した。


 週末は家から一歩も出ず泣いて過ごしても、月曜になればいやおうなく学校が始まる。本当にもう無理、というときまで休むのは取っておこうと足取り重く学校へと出かけた。気をつけないとどこかでボロが出そうだったから、学校ではできるだけ感情を表に出さずに粛々と過ごした。放課後、家に帰ったら、シャワーを浴びてメイクを落としてパジャマに着替えて、出窓のところで夜の街並みを見ながらふだんは飲まないワインを何杯も飲むのが日課となった。


 泣いたって仕方がないのに。現実は何も変わらないのに。どうやったらこの現実から逃れることができるのだろう。

 追い込まれて、追い込まれて、追い込まれた状況で思いついたのが進級だった。進級してクラスが変われば、ケビンから離れることができる!


 

 次の日、ケビンに「上のクラスに上がりたい」と希望を伝えた。「いきなりどうして?」と怪訝な顔をするケビンに、「オーストラリアでの滞在時間は残り2ヶ月弱だから、上のクラスに進んでスキルアップしたい」ともっともらしいことを付け加えた。この理由なら誰が聞いても納得するはず。毎週行われるペーパーテストの点数も90点代をキープし続けているので、ゴリ押しすれば通るだろう。

 

 しかし、わたしの想いもむなしく、そうは問屋が卸さない。わたしはペーパーテストは得意だが、人前でのスピーチが苦手だ。日本語の、しかも話す内容が仕事であれば苦手なスピーチもある程度できるけど、わたしが習っている英語のレベルだと週末の過ごし方や日本の災害についてなど一般的な話題に限られてしまい、閉口してしまう。

 しかも、以前「週末の過ごし方」をありのままに話したら「どうして一人で過ごしてるの? 友だちと遊ばないの?」とケビンからみんなの前でツッコまれてしまい、余計に話せなくなった。「一人で過ごすのが好きなんです」と言っても、納得していない様子だった。それ以来、できるだけ人前でのスピーチを避けていたので、ケビンはそれが気になっているらしく、わたしの進級を妨げる原因になっていた。

 

 でも、ここで妥協したら毎日ケビンの顔を見続けないといけない。なんのためにオーストラリアへ来たのか、幸せをつかむためにオーストラリアへ来たんだ。辛い思いをしてまでいることはない! と満身創痍でボロボロになった自分を奮い立たせ、わたしも譲らなかった。「これからも英語の勉強をがんばります。どうしても進級したいんです…!」とケビンに希望を伝えた。

 2週間後、ケビンはついに根負けをして進級を認めてくれた。

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