第2話 恋愛のパワースポット「パース」

 オーストラリアに着いて2か月後。わたしは週末を利用してオーストラリア第4の都市・パースへ向かった。

 知人2人の話によると、パースはどうやら恋愛運のパワースポットらしい。知人の後輩はパース旅行で結婚相手と出逢い、時を経て国際結婚。現在もパースで暮らしているそうだ。もう一人の知り合いは、お見合いで出逢った彼と結婚寸前で破局し、ボロボロになった心を癒そうとオーストラリアへ行ったら、パースでなにかを感じたらしく、帰国後に今の結婚相手と出逢ったと興奮しながら教えてくれた。


 羨ましい、よだれが出るほどすごく羨ましい…。手を伸ばし続けても叶わなかったことが、パースへ行ったら手に入るかもしれない。恋愛のご利益を一身に受けるには、パース旅行を必ずや楽しいものにしなければならない。見知らぬ土地で極力困らないよう、オーストラリア到着後の2カ月間は、学校が休みの土日も家に籠って英語の勉強にただひたすら時間を費やし、自分を追い込んだ。さび付いていた英語脳もだいぶスムーズの動くようになり、3泊4日のパースでは一人旅を思いっきり楽しんだ。

 そして、家に戻ってどのくらい経ってからだろう。わたしは恋に落ちた。


 

 毛量たっぷりのふさふさとしたブロンドの髪に、ブルーの瞳。慈愛に満ちた微笑みと、その上にある唇からは美しい発音と堂々としたプレゼンテーションが音楽のように零れてくる。日を追うごとに、ケビンというアメリカ人男性に興味を持ち始めた。彼はわたしのクラスの講師で、教え方が上手なこともあり、生徒からの人気がとても高かった。ケビンは、オーストラリアへ働きに来たと言っていた。

 

 誰かにときめいたのは、数年ぶりだった。カラッカラに乾いていた心が徐々に潤いだし、毎朝メイクをするのが楽しくなった。服とメイクのコーディネートを考えるのが楽しくなった。どうやったらかわいくなれるだろうとYouTubeでメイク動画を漁った。

 

 とはいえ、悲しいかな、わたしは自己PRが苦手だ。仕事だと役割があるので大抵の場面ではそつなくこなせるのだが、こと恋愛になると完全に丸腰状態。昔、仕事でおつきあいがあったイメージアップの先生に「あなたの恋愛は、横断歩道で青になっているのに恥ずかしくて渡れなくて右往左往している。まるで中学生みたい」と笑われたことがあるぐらい、恋愛偏差値が著しく低い。来てもらえる分はいいけど、自分から行くのは苦手で、自分から行くと大抵失敗に終わる。仲の良い男友だちも多いし、仕事でも男性と一緒に過ごす場面はとても多く、いつもワイワイと楽しく過ごしているのに、好きな人の前になると途端に声が小さく、弱気になってしまう。


 そんなわたしだから、好きな人の前でごはんを食べるなんてとんでもない。自分でも情けなくなるほど少量しか口にすることができなくて、大量に残してしまう。たくさん残してしまう女性なんて魅力がないよねと思いながらも、恥ずかしさが勝ってお箸やフォークを持つ手が完全に止まってしまう。だけど、こんな弱々しさもお付き合いが始まったら徐々にいつもの自分に戻っていく。“付き合うことができれば”の話ではあるけれど。

 

 そんなわたしが恋に落ちても、大して自分PRができない。唯一できたのは、授業に関連した英語の質問を休み時間や放課後にすることだけだった。

 

 ケビンを好きになったことは誰にも伝えていなかったが、クラスの一部の人たちは、わたしから知らぬ間に出ている好き好き光線を敏感に感じているようだった。ある日の放課後、女子だけで恋のトークに花を咲かせていたら、タイ人の女性が「週末の日曜、空いている? みんなで海に行こうよ。ケビンも誘うからさ」と言った。「うん」とポーカーフェイスを装いながらも心臓がバクーーーン!と飛び出しそうなぐらい大きな音を立てたことは誰も知らない。わたしだけの秘密だ。

 

 その週末、結局ケビンは学生たちの集まりに顔を出すことはなく、その後も毎日たんたんと過ぎていった。「相手の立場もあるし、今は動かず英語の勉強だけに専念しよう」と、放課後や週末は部屋に籠ってひたすら英語の勉強を続けた。

“日本に帰ってもケビンと連絡を取りたいな。SNSの連絡先を交換したいな”。そんな淡い希望を抱きながら、幸せそうに過ごす未来の自分の姿を思い浮かべていた。


 しかし、きゅ~んと切ない恋心を突然発生した台風がボーンと激しい音を立てて襲ってきた。まさかの展開に、思い出しただけでめまいを起こしてしまいそう…。

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